MOA美術館能楽堂での発表会

高橋千洋さんや子どもたちとともに

甫の一歩 第20回

今年の秋の訪れは急でしたね。あれだけ暑かったのに、10月末を迎えると一気に冷たい空気へと変わりました。能楽師にとって「能繁期」と呼ばれる(勝手に呼んでいる)忙しい秋の公演ラッシュのさなか、熱海・MOA美術館能楽堂で10月25日に開催した発表会の様子をご報告します。

苦節7年、地方開催への思い

今回の発表会は、私にとってたいへん深い意味を持つものでした。東京以外の活動拠点である臥牛敷舞台(富士宮市粟倉南町)に近い場所で、日頃から稽古に励む皆さんの成果を披露する場を設ける。この念願の実現まで、じつに7年の歳月を要しました。地道な稽古を重ねてくださった会員の皆さんの努力と、この舞台を作り上げたいという私の強い思いが、ようやく実を結んだのです。

10時30分開演、16時30分終演のプログラムで幕開けを飾ったのは、子どもたちによる謡と仕舞です。3年前から始めた夏休み教室の生徒が通年でお稽古をするようになり、今回は能楽堂での発表会に参加となりました。また通年の生徒さんだけでなく、夏休み限定でお稽古に励んだ子どもたちも参加してくれました。たくさんのお客様の前で、みんな能袴を着用して、立派に謡い舞ってくれたのです。本物の檜舞台を感じてくれたことでしょう。子どもたちの純粋な謡と仕舞は、いつ見ても感動を与えてくれます。こうして新たな世代が能を知り、能楽という芸能が未来へとつながれていくのだと思います。

最高の舞台で稽古の成果を披露

『橋弁慶』で小学3年生の牛若と対峙する私

 

そして、会全体のクライマックスを飾ったのは、臥牛敷舞台の当主である高橋千洋さんによる能『羽衣』です。発表会でいちばん大きな舞台となったこの演目は、三保の松原を題材にした天女の優美な舞が見どころ。もっともポピュラーにして静岡のご当地曲でもあります。高橋さんは1年以上にも及ぶお稽古の成果をいかんなく発揮され、能楽堂の厳粛な空間と見事に調和し、とても良い舞台になりました。

このMOA美術館能楽堂の大きな魅力は、全国で唯一無二の、美術館に併設された舞台であるという点。能を観るだけでなく、素晴らしい美術展や国宝に触れる時間が多く持てることは、素晴らしい相乗効果をもたらしてくれます。能楽の美意識は、美術や工芸品と深く通じています。能の舞台の前後で美術を鑑賞することで、観客の皆様の文化芸術への理解は、より深く豊かなものになるはずです。

高橋さんが『羽衣』で魅せた天女の舞

長時間にわたった発表会も、無事に終演を迎えました。舞台を終えた人々の表情はさまざまでしたが、皆さんホッとしていたように見えました。私の次の目標は、この発表会をさらに発展させて、毎年MOA美術館能楽堂で開催できるようにすることです。そのためには、臥牛敷舞台を拠点とした活動を通じてもっと会員さんを増やさなくてはなりません。今後は臥牛敷舞台での稽古と地域への普及活動に、より一層力を注いでまいります。この日舞台の上で得た感動と学びを胸に、またはじめから、一歩ずつ踏み出していきたいと思います。

田崎甫プロフィール

田崎 甫

宝生流能楽師
たざき はじめ/1988年生まれ。宝生流能楽師・田崎隆三の養嫡子。東京藝術大学音楽学部邦楽科を卒業後、宝生流第二十代宗家・宝生和英氏の内弟子となり、2018年に独立。国内外での公演やワークショップにも多数参加し、富士・富士宮でもサロンや能楽体験講座を開催している。
田崎甫公式Web「能への一歩」
田崎甫 Instagram

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。