フジサンタカイネ【オランダからようこそ】
富士に着いた直後のピーテルさんに「ここから富士山が見えますよ」と伝えると、嬉しそうに駅の外へ駆け出して、かすかに見える富士山を写真に収めていた
富士山周辺を訪れた外国人に 突撃インタビューしてみました
3月下旬、咲き誇る桜に心躍る季節だが、その反面、晴れていても富士山は霞んで見えない日が多くなる。この日も午前中は鮮明だった富士山の姿が午後にはうっすらとした輪郭だけになり、今にも消え入りそうだった。富士山口(北口)ロータリーの改修工事が本格化し、少し騒々しいJR新富士駅周辺だが、工事中でも閉山シーズンでも、外国人観光客は毎日この街にやって来ている。
いつもはハンターのように遠目から外国人を探すのだが、今回の出会いは予想外のものだった。駅構内に入ったところで、コインロッカーの前で落ち着かない様子の外国人男性を発見。手のひらには小銭を何枚も広げて、辺りを見回している。こんなに分かりやすいジェスチャークイズで導き出される答えはただ一つ、コインロッカーで使う百円玉がないに違いない。すでに取材させてもらう気満々で「どうしましたか?」と声をかけると、 案の定。手持ちの百円玉と両替して、しっかりと恩を売った、ではなく、良い行いをしたところで、間髪入れずに取材の申し入れをしたところ、「もちろん!」と快諾していただけた。我ながらいやらしい戦術である。
カジュアルな装いの中にも知的な雰囲気を持つこの男性は、オランダ西部の都市ハーレムからやって来たピーテル・アールツェンさん(55歳)。「お一人で旅行ですか?」と尋ねると、「いえ、妻と二人です」とのことだったので、トイレにでも行っているのかと思いきや、奥様らしき人物は一向に現れない。聞くと3週間の日本旅行のうち数日間だけ別行動をしていて、この新富士駅で2時間後に落ち合う予定なのだという。ピーテルさんは早めに着いたため、荷物を預けて近くを散策しようとしたが、百円玉がなくて困っていたということらしい。奥様と合流した後はレンタカーで山梨県へ向かい、鳴沢村の宿に1週間ほど滞在する予定とのこと。「今の時期、日本は一年で最も美しいんですよ、知っていますか?」と聞くと、「桜ですね!」とご名答。老婆心ながら、さっそく富士五湖周辺の桜の名所などを教えてさしあげた。
旅行ルートを聞いたところ、「大阪、四国、富士山、東京」とのことで、定番の京都や奈良が出てこなかった。そしてそれ以上に引っかかったのが、「なぜ四国?」という疑問。四国出身の読者の方には申し訳ないが、なぜあえて四国なのか、ここは掘り下げてみる必要がある。ピーテルさんは博物館で働くデザイナーで、世界各国の特色ある美術展や文化事業について調べているらしく、徳島県神山町で毎年開催されている『神山アーティスト・イン・レジデンス』という国際的なアートプロジェクトを知り、それ以来、日本の四国、とりわけ徳島県への憧れがあったという。アーティスト・イン・レジデンスとは、数ヵ月間にわたって国内外の芸術家が特定の地域に滞在しながら、そこで得たインスピレーションや地元住民との交流・協力によって芸術作品を制作するという取り組み。ピーテルさんは今回の旅で、日本の中でも原風景が多く残る四国の農村・漁村の文化に触れたかったのだという。
特に印象に残ったスポットを聞くと、「テバジマ」という答えが。徳島県海部(かいふ)郡牟岐(むぎ)町出羽島(てばじま)。この島のことを知っている静岡県民は果たしてどれだけいるだろうか?出羽島は牟岐港から定期船で約15分、太平洋上に浮かぶ周囲約4キロの小さな島で、なんと島内には車が一台も走っていないという。約70人の島民は昔ながらの暮らしを守ることに努めていて、江戸後期から昭和前期にかけて鰹(かつお)漁で栄えた頃の佇まいが色濃く残る漁村集落は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されている。と、後で調べて初めて知った。そして、出羽島に行ってみたくなった。
ピーテルさんは徳島で伝統芸能の『阿波人形浄瑠璃』も鑑賞したそうで、職業柄とはいえ初来日の観光客とは思えないほど、深い部分で日本文化に関心を持ち、味わっているようだった。また地理学にも造詣が深く、富士山周辺では自然環境や地理的な特色を学びながら、たくさんの写真を撮るのが楽しみだと語ってくれた。今回の取材では結果的に、日本人も知らない日本の魅力を知るピーテルさんから多くのことを教わる貴重な機会となった。財布の中に百円玉があって本当に良かった。
(ライター/飯田耕平)
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