Vol. 184|画家 河邉 浩一郎

河邉浩一郎さん

絵描きの社交場

黙して語らず、どこか物憂げで、ただひたすら内なる世界を探求し続ける孤高の存在フィクションの世界で存在感を放つ「画家」という職業には、しばしばこのような偏ったキャラクターが登場する。もしもあなたが「画家=内向的」という思い込みを持っているとすれば、今回の記事でそれは痛快に覆されることだろう。

話し好きで気配り上手、自身が運営する絵画教室では教える立場でありながら、生徒たちと交流することに大きな喜びを感じると語るのは、富士市展で大賞を受賞した経歴を持つ画家・河邉浩一郎さん。作家としての地道な創作を続けながらも、さまざまな地域での絵画指導に楽しく奔走する日々。絵画を通じて人と人をつなぎ、笑顔の空間を作り出していく河邉さんの活動を紐解くと、豊かな文化には豊かなコミュニケーションが不可欠であることを、改めて実感させられる。

かなり広い範囲で絵画教室を開催されていますね。

現在のところ、西は富士川から東は三島まで、おもに文化施設の一室を借りて開催しています。広い地域に分散して開催しているので、生徒さんが遠くまで通う負担がないのが特徴です。年齢や性別は不問で、生徒さんは小学生から90代の方たちまで幅広いのですが、平日の昼間がメインということもあり、シニア世代や主婦の方が大半ですね。

複数回の連続講座ではなく、一回ごと単発で行なう形で、近所の教室に行きたい時だけ気軽に参加してもらえるようにしています。回数や日程が縛られていると、間近になって都合が悪くなった際はストレスになりますし、気分が乗らない時に仕方なく出かけて絵を描いても楽しめませんよね。もちろん教える側としては決まったコースに当てはめて指導する方が楽ですし、単発開催にするリスクもあります。生徒さんがたくさん集まる日もあれば、一人も来ない可能性だってあるわけです。

そしてある意味、僕自身が生徒さんにその都度査定されていて、「今回は来たけど、楽しくなかったから次はもう来ないよ」と言われてしまえばそれまでです。これは運営側にとっては恐怖でしかないですよ(笑)。

ただ、利用者の立場で見ると、このほうがいいと思ったんです。型にはめられず、習い事に行くか行かないかを自分で決めたい。でもその選択肢が自分にあるからこそ、参加した時の意欲は高くなりますよね。最近流行りの「定額課金で使い放題」のサービスとは真逆の発想ですが、一回勝負だからこそ、僕自身も毎回その場を楽しく盛り上げて価値あるものにしようと努力しますし、生徒さんも熱心に取り組んでくれます。お互いにいい関係で教室を運営するためにはこのスタイルが最適だと感じています。

具体的にはどのような指導をされているのですか?

教室ごとに画材や習熟度を設定するのではなく、個々の生徒さんに合わせて描く絵を選んでもらいます。指導の進捗を記録したカードを個別にお渡ししているので、それぞれのレベルやペースに合わせてステップアップしていくことができます。

初心者の方には導入として、道具が用意しやすい色鉛筆のぬり絵から入ることが多いですね。慣れてきたら水彩画などに移行することもありますし、色鉛筆画の表現をさらに深めていくこともできます。

それぞれのペースで楽しく学ぶためには、何を描くかを自由に選べることが大切で、中にはお孫さんや富士山の写真を持ち込んで描いている方もいます。「今日はみんなでこのリンゴを描きましょう!」だと、学校の授業みたいで楽しめないんです。かといって、何でも自由に好きなように描きましょうと突き放されると、それはそれで辛いですよね(笑)。具体的に描きたいものが決まっている人にはそれが描けるように、そうでない人には達成感を味わえる身近な課題を、といった感じで、その人に合った関わり方をすることが大事なんです。

そんな中で僕が特に気にかけていることは、生徒さんの名前を覚えることですね。「◯◯さん、次はこれをやってみましょうか」と名前で呼びかけることで、距離感はぐっと縮まります。それから、指導は力を入れすぎず、中火くらいにしています(笑)。手を抜くという意味ではなく、指導する側が「絵を描くのは楽しいですよね!」とか「もっと上手に描けるようになりましょう!」と熱くなりすぎると、生徒さんはかえって引いてしまうんです。絵を学ぶ動機も目指すところも人それぞれですから、押しつけがましい指導にならないように気をつけています。

技術的な部分については、まずは褒めることですね。絵画は一律の基準で点数が出るようなものではなく、どの作品にも必ず良さがあります。良いところを見つけて、しっかりと言葉で伝えることで、生徒さんは自ら熱量を上げて次の課題や目標に向かうことができます。

富士宮での絵画教室

富士宮での絵画教室

そこまで細やかな配慮をされているのですね。

生徒さんからはよく「先生は画家っぽくないですね」って言われます(笑)。でもそれは褒め言葉だと受け取っていて、僕の教室ならではの価値だと思うんです。先生と生徒という関係ではありますが、すべてにおいて僕が優れているはずはありませんし、生徒さんにとって身近な存在でありたいと思っています。

実際のところ、生徒さんの中には技術的にはもう僕が教えることはないレベルの人もいます。それでも毎週のように教室に参加してくれる。それはつまり、この教室が安心して仲間づくりができて、絵画を楽しめる居場所として機能しているからだと思います。

コロナ禍の緊急事態宣言が出た際など、自治体のルールに沿って教室の休止を余儀なくされたこともありました。何の保障もない単発開催の事業なので、「これからどうなってしまうんだろう?」「もう誰も教室に戻ってこないかもしれない」と、とても不安になりました。ところが、コロナ禍での休止を境に来なくなった生徒さんは一人もいませんでした。むしろ「早く再開してほしいです」という声をたくさんいただいて、これを機に生徒さん同士の絆もさらに深まったことが本当に嬉しかったですね。

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