Vol.116 |ぐるん・ぱ よねのみや 児童厚生員 堤 はるみ
子どもと大人のホームグラウンド
夏休みを迎え、明日は何をして遊ぼうかと目を輝かせる子どもを尻目に、明日はどこへ連れて行こうかと頭を悩ませる親。子育て中の世帯であれば全国どこでも似たような光景があるのだが、子どもが喜ぶのは必ずしも遠方のテーマパークやショッピングモールだけとは限らない。身近な空間、身近な素材で遊ぶ時間も、子どもにとってはかけがえのない思い出として残っていくはずだ。
富士市・米の宮公園内にある「ぐるん・ぱ よねのみや」。堤はるみさんは2003年の同館オープン時から勤務する生え抜きスタッフだ。「夢が”ぐるん”と回って”ぱっ”と開く」という発想から小学生によって名付けられた同館では、日常的な遊び場の提供に加え、親子で触れ合えるイベントの開催や中高生サポーターとの連携など、遊びを通じた子どもの健全育成と多様な世代間交流に重点が置かれている。遊びの場とはつまり、学びの場であり、交わりの場でもある。それは子どもだけでなく、保護者である大人にも向けられたメッセージだと、堤さんは語る。
家庭でも学校でも塾でもない、「もうひとつの居場所」
「ぐるん・ぱ よねのみや」ではどんなことができますか?
当館は18歳未満の子どもとその保護者なら誰でも自由に遊べます。富士市が管轄する児童厚生施設ですが市外の方でも利用可能で、実際に富士宮や静岡からも多くの方が来館しています。プレイルームには卓球台やすべり台などの大型遊具から、各種ボードゲーム、カードゲーム、パズル、書籍、幼児用の玩具などがあります。
また米の宮公園内に併設されているので、屋外の遊具や芝生広場でのピクニックと組み合わせて楽しめます。午前中から午後にかけて利用される方は館内の指定場所で昼食をとることもできますので、何組かの親子グループで訪れて丸一日公園内で過ごす方もいますし、ここで知り合ったお母さん同士がLINEなどのSNSでつながって、情報交換やお出かけの約束をするということも多いようです。
また周辺に商業施設が多いこともあって、お母さんが買い物をしている間、子どもは当館で遊びながら待っているということもできます。子どもだけで遊べるのは小学生以上ですが、お子さんの年齢や天候に合わせてい色んな過ごし方ができるのが当館の特徴です。
各種遊具に加えて、スタッフの方が企画した講座やイベントにも力を入れているそうですね。
現在は4名の児童厚生員が交替で勤務していて、常時2名で対応できる体制になっています。私たちが定期的に行うものとしては、未就園児を対象に歌やダンスや工作などで遊ぶ『にこにこタイム』があります。その他にも音楽と身体の動きを組み合わせて楽しむリトミックや読み聞かせ、音楽コンサート、自然体験など、外部の講師や団体との協働でさまざまな講座を随時開催しています。
年度単位の大きなイベントとしては、夏休みに公園内でクイズに挑戦する『米の宮公園たんけん隊』や『こどもフェスティバル』、『クリスマス会』、『ぐるん・ば まつり』などがあります。詳細は月に一度発行している『ぐるん・ぱ だより』というお知らせで紹介していて、富士市のウェブサイトからも見ることができます。私個人の意見としては、今後も地域で文化活動に取り組んでいる魅力的な団体や企業の皆さんと関わりながら、行政と民間が無理のない形で連携して、面白い企画を作り出していけたら素晴らしいなと思っています。
日々の業務において特に意識していることは?
当館に限らず児童厚生施設に関わるスタッフ全員が同じ気持ちだと思いますが、一番意識しているのは利用者の皆さんに楽しく快適な場を提供したいということです。子どもたちが心身ともに安心して遊べる場所、学校や幼稚園・保育園以外の友達や年齢の離れたお兄さんお姉さんたちと会える場所があることで、情操教育にも役立つと思います。 ただ、公共の場を楽しく快適なものにするためには、なんでも自由でいいということではありません。他人への思いやりの気持ちや挨拶など、社会的なマナーについては親御さんと一緒になって子どもたちを導いていく必要があります。多少辛口だと思われても、場合によっては子どもや親御さんに対して一声かけさせていただくこともあります。
親でも教師でもない私たちの立ち位置は難しい部分もありますが、この施設をひとつの社会として考えれば、大人として注意すべきことはしますし、親御さん方も我が子だけではなく、よそのお子さんも含めた見守りや声かけを通じて、みんなが気持ちよく過ごせる場所を一緒に作っていただければと思います。そのためにもまず私たちスタッフ同士が遠慮なく意見を交わして、お互いを尊重・信頼しながら利用者の方への柔軟な対応ができる雰囲気づくりに努めています。
思いやり、想像力、
そして少しの厳しさを
単に子どもを預けて遊ばせるだけの施設ではないということですね。
子どもだけでなく、保護者の方への見守りも意識しています。たとえば、明らかに表情が曇っていたり、子どもに対する反応が薄かったりと、様子が気になった場合はこちらから声かけをすることもあります。中には育児ストレスを抱え込んでいるお母さんや、別の土地から引越してきたばかりで孤独感を募らせているお母さんもいます。たいていの場合は他のお母さんやスタッフと話すことで気が紛れて、表情も和らぎますが、家庭内に深刻な事情を抱えている場合などは、専門的な対応ができる施設や窓口を紹介することもあります。私たちにできることには限界がありますが、お母さんたちの息抜きができる場所、愚痴を言い合える場所、そして本当に困っているお母さんからのSOSをキャッチして、大きな事件や事故に至る前に何らかの対応ができるようなセーフティネットとしての役割も果たせたらと考えています。
そしてもちろん、お父さんの存在にも注目しています。最近はお父さんと子どもで来館する方も多くなりましたが、子どもを置いてスマートフォンに見入っているお父さんや、周りから見ると妙に険しい表情をしたお父さんも見かけます(笑)。たまの休みくらいゆっくりしたいという気持ちも分かりますし、個人的にも共感できます。ただ、ここで遊ぶお子さんはいろいろな場面で面白いことを言ったりやったりする年頃で、それを見逃してしまうのはもったいないなぁとも思います。親子で一緒に遊べるゲームなどもありますので、ぜひお子さんと触れ合いながら過ごす時間を楽しんでもらいたいです。
不特定多数の子どもたちと接する上での楽しさや難しさはどんなところですか?
楽しいのは子どもたちの多面性が見えた時ですね。たとえば、いつもやんちゃな子が年下の異性が来ると急におとなしくなって優しく接したり、逆に普段おとなしい子がある話題をきっかけに得意げな顔で話が止まらなくなったり。子どもたちの意外な表情や言葉を拾い出せると嬉しいですし、またそれができる場所にしなければという責任や難しさも感じます。
そんな中でオープンから13年を経て、長いお付き合いの利用者さんも増えてきました。幼い頃から知っている子が高校生になってからもサポーターやボランティアとして手伝ってくれたり、お母さんとなって我が子を連れて遊びに来てくれたり。当館を通じた新しいつながりが生まれて、広がって、根付いていくことがこの上なく嬉しく、感慨深いです。『ぐるん・ぱ のーと』という利用者の方の意見ノートを常時置いているんですが、そこに『楽しかった』とか『また来ます』という言葉をいただくと、さらにその期待に応えたいという気持ちになります。利用者の皆さんとの触れ合いが一番大きなやりがいですね。
堤さんがこの仕事に就いたきっかけや動機は?
大学では教育学部で教員の免許を取得しましたが、卒業後は学校事務という形で就職して、少し離れたところから子どもたちを眺めていました。結婚退職後もしばらくは子どもと関わりのない生活を送っていましたが、大きな転機となったのは自分自身の妊娠と出産、そして育児の経験でした。学生時代とは異なる、子どもに対する直接的な共感と、親としての目線に変わっていく中で、改めて子どもと真正面から関わる仕事に憧れを抱くようになりました。そんな時、市の広報で『ぐるん・ぱ よねのみや』の開設とスタッフの募集を知り、『これは天職だ!』と確信して応募しました。当時娘はまだ2歳でしたが、最初は月に5~6日の勤務で、夫や同居している両親の協力もあったおかげで、この仕事に就くことができました。
とはいえ、子育てに関しては私自身も発見・感動・失敗・反省の連続でした。今は娘も高校生になり、将来の目標などについて語り合うこともできるようになりましたが、幼い頃はアパートの部屋に二人きりで過ごすことが多く、精神的に疲れてしまった経験もあります。私の場合はたまたま近所に子育て中のお母さんがたくさんいて、お互いに相談したり遊びに出かけたりして、息抜きをすることもできましたが、それでも後になって余裕が出てきた時に『あの時こうすれば良かった』と悔やむことはあります。我が子に一生懸命だからこそ、思い詰めて冷静な目で見られなくなることもあるんですね。子どもに対して感情的に怒ってしまったことで自己嫌悪に陥ったり、公の場だからと過度に大人の倫理観を強要してしまったり、私自身も当時は複雑な思いや苛立ちを抱えていました。この仕事では自分の経験や思いも踏まえながら、育児に励む保護者の方々の気持ちにしっかりと寄り添っていきたいです。
児童館は大人のための場所でもある
現在の社会環境なども含めて、何か思うところがあればお聞かせください。
とても残念なことですが、格差社会、無縁社会といわれる中で、子どもたちの家庭環境にも深刻な影響が見受けられる事例も目立ってきました。また人と人とのつながりの希薄さや公共心の欠如を感じてしまう出来事も少なくありません。当館は小さな施設ですが、そういった社会的な問題や傾向に対しても何かの力になりたいと考えています。
決して難しい話ではなく、親子がひとつの部屋でじっとしているよりも、公共施設に来ていろんな人や空気に触れることで、多少なりとも気持ちは晴れると思います。そこであったことを帰宅してから家族に話して、お互いに感想を言い合って。そういう風にして社会や世界が広がり、その後ろ姿を見ている子どもにも伝わっていく。大それた言い方ですが、日常生活の中で共同体意識や他人を尊重する気持ちを育んでいけるようにお手伝いをすることが私たちの仕事だと思います。そして当館を含む各児童館はそのための集いの場だと思っていただけると嬉しいです。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Cover Photo/Kohei Handa
堤 はるみ
ぐるん・ぱ よねのみや児童厚生員
1972年生まれ
埼玉県越谷市出身・富士市在住
(取材当時)
つつみ・はるみ/淑徳与野高等学校を経て埼玉大学教育学部小学校教員養成課程へ進学。卒業後は埼玉県内の小学校で事務職に就く。1997年に結婚を機に退職し、夫の地元である富士市に転居。翌年より(財)静岡県埋蔵文化財調査研究所臨時職2年間務めたのち、妊娠を経て退職。子育てや引越しで慌ただしい中、富士市の児童厚生施設「ぐるん・ぱ よねのみや」の新規職員募集を広報で知り、応募。晴れて採用となる。2003年4月に同館がオープンし、現在に至る。趣味では吹奏楽サークル「おぐーんママプラスFUJI」でクラリネット担当メンバーとして活動し、静岡県東部の幼稚園や保育園、各種イベントでの演奏を行っている。夫・娘・夫両親の5人暮らし。
富士市内の児童館(子どもの遊び場)
2016年7月現在、下記3ヵ所に設置されている。子どもたちに健全な遊びの場を提供し、仲間づくりや遊びの指導・援助、さまざまな教室、行事などを行う。富士市のウェブサイト内では各施設の情報や発行物のデータなどを閲覧することができる。
開館時間:9:00〜16:45
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日も休館)・祝日・年末年始
利用対象:18歳未満の児童とその保護者(未就学児童は保護者同伴)
利用方法:無料(来館時に入館票に名前や話番号などを記入)
ぐるん・ぱ よねのみや
富士市米之宮町303
TEL・FAX:0545-62-1666
広見児童館
富士市石坂375
TEL・FAX:0545-22-0582
東部児童館
富士市比奈115-3
TEL:0545-34-3003
FAX:0545-34-3077
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