愛され、親しまれ、受け継がれ……今に生きる「麹の世界」

11月のとある日曜日、沼津市中沢田にある大中寺で『味噌仕込みワークショップ秋の会』が開かれていた。7回目を迎えるこの会は、インスタグラムで告知後すぐに定員に達するという。人気の秘密は、贅沢なレシピとお寺という凛とした空間の特別感だろうか。味噌づくりに使う麹と北海道産大豆『とよまさり』、沖縄産の塩『シママース』といった材料の準備と講師を中村屋麹店に依頼し、ここ大中寺で共同開催している。

「発酵食品の試食をしたり解説を聞いたりできるのも、皆さん楽しみにしているようです。味噌は熟成するまでに時間を要しますが、手づくりならその変化を目の当たりにすることができます。このくらいの熟成だったらこんな風に使えるとか、前の年の味噌とブレンドしてみようとか、味の変化と使い方を楽しめるのが一番の醍醐味ですね」。大中寺副住職の下山光順さんが話してくれた。

味噌仕込みワークショップは春と秋の年2回開催

下山光順さんと特産の大中寺いも

清水町新宿区。車が往来する店舗・住宅街に、まるで居場所を間違えたかのような、瓦を敷き詰めた大きな屋根とガラス戸が印象的な古い家屋がある。ここが中村屋麹店だ。現役なのか製造所跡なのか……その外観からは判断がつかず、ドキドキしながら少し重い引き戸を開けると、麹を納めた年季入りの大きな幾重もの棚が目に飛び込んでくる。お客さんの注文に応じて都度麹を量り売りする、昔ながらの販売スタイルだ。見渡す限りの調度品はどこか懐かしく居心地が良い。店を切り盛りする中村屋5代目店主中村一紀さん、真咲さんご夫婦の年代を想像すると、新たに買い足した家具や道具があるだろうに、「建物に馴染むように、あえて中古を買い求めた」のだそう。聞けばこのご夫婦、そして先代であるご両親も、麹屋を継ぐ前はクリエイティブ系の仕事をされていたという。研ぎ澄まされた感性と代々受け継がれたこだわりが、建屋内の至るところで息づいている。

ここだけ異空間のような中村屋麹店の入り口

清水町で麹づくりが始まったのは1739年に遡る。のちに醤油屋に専業する『石垣醤油株式会社』が麹製造業を起こしたとされ、全盛期には町内に7軒もの麹屋があったという。美味しい水の恵みはもちろんのこと、昭和の中頃まで路面電車が走っていた旧東海道沿いという地の利の良さがその大きな要因のようだ。当時は自宅で獲れた米や大豆で親戚縁者の一年分の味噌を仕込む農家が多かった。高度経済成長期に入ると味噌はお店で買うものとなり、麹屋の数はみるみる減っていった。

「麹は江戸時代まで免許制で、自由化されたのは明治に入ってからです。大正の末から昭和の中頃まで手づくり味噌が流行り、麹づくりが盛んでした。道を挟んで向かいに公園がありますが、昔はここに醤油蔵がありました。京都から来たお坊さんが宿泊のお礼としてこの醤油屋さんに麹づくりを教えたのが始まりだといわれています」と一紀さん。

中村屋の麹づくりは夫婦二人三脚。その時々で手に入りやすい安心・安全な米を選び蒸し上げ、作業台に移し手作業でほぐしていく。中庭から差し込む光と敷き詰められた米の白さが、まるで初冬のキラキラ光る新雪の美しさだ。30℃ほどに冷めたところで麹菌をまぶし、杉板でできた升に入れ積み重ね、麹室で発酵させる。機械による製造が増える中、中村屋ではこの『蓋製法』と呼ばれる昔ながらの作り方を続けている。

「麹は生き物です。麹室の温度は30℃、湿度は90%を目安に、成長の過程で変えていきます。温度と湿度は天井にある2つの空気口の開け閉めで調整するのですが、外気温や天候によって急激に変わってしまいます。体で感じつつも30分に一度は室に入り計器でチェックするんです」。調整のタイミングをわずかでも間違えると、思ったとおりの麹に仕上がらない。お客さんに渡せない(売ることができない)わけではないが、100点満点の麹を知っているからこそ「がっかりする」のだという。

中庭から差し込む光が美しい作業場

棚で発酵が進まないよう気にかける

注文を聞いて量り売りするスタイル

でき上がった麹はほんのり温かく、伸びた菌糸は肉眼でも分かる、まさに「生き物」だ。生き物相手の作業に苦労は絶えないという一紀さんに、その魅力を聞いた。「日々当たり前に食べている味噌、醤油、みりんといった日本古来の調味料や日本酒は、麹がなくては作れません。麹がなければ日本の食文化そのものが変わってしまいます。また麹に含まれているたくさんの酵素は化学の最先端でも役に立っています。麹にはまだまだたくさんの使われ方があるのではないかと想像すると、無限大の未知なる可能性を感じるのです」。

妻の真咲さんは「私自身、麹を通じてたくさんの方々と知り合いとても世界が広がりました。中村屋は麹を作り売ることを生業としていますが、その間の会話で得た古くからの知恵や斬新なアイデアを、伝え広げることがもう一つの使命であり、中村屋の存在意義であると感じています」と、日々SNSで麹の魅力を発信している。

中村屋の麹に惚れ込み、自身の料理教室でも欠かせないという、富士・沼津地区を中心に発酵料理教室を主宰する天野理恵さん。数々の麹を試したそうだが、「中村屋の麹は『香り』が違います」という。本紙のために今回特別に作っていただいたのは、沼津愛鷹山麓特産の『大中寺いも』のポタージュと天ぷら。中村屋の麹を使った、天野さん自家製『玉ねぎ麹』がたっぷり入ったポタージュは、コク深く優しい味わいだ。天ぷらは衣に『しお麹』を使い、天つゆなしでもちょうど良い塩加減でいただける。

天野理恵さんお手製大中寺いものポタージュと天ぷら

 

取材当日に麹を購入し、生まれて初めて甘酒づくりにチャレンジした。見た目はイマイチだが味は上出来、市販の甘酒が物足りなくなってしまったほどだ。「中村屋のレシピはお渡ししていますが、作る環境は皆さん違います。試行錯誤してご自身のやり方、味を決めるのが正解です」。 なるほど……私流の甘酒ができる日が待ち遠しい。

(ライター/reiko)

中村屋麹店
駿東郡清水町新宿25  TEL:055-975-0301
日曜定休(月~土曜の午後不定休) 駐車場あり
商品や来店案内はInstagramにてご確認ください

大中寺
沼津市中沢田457
TEL:055-921-1086
大中寺

天野理恵さん主宰
イハナコティ発酵料理教室
天野理恵さんInstagram

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