招福餅はどこからやってくる!?餅づくりに秘められたコミュニティの思い

青空に舞う招福餅まき

「いやーさか、いやーさか、いやーさか!」

沼津御用邸記念公園の西側、牛臥山(うしぶせやま)公園小浜海岸。真冬の極寒の海から、男衆の勇ましい熱い声が聞こえてくる。新しい年を迎えて間もない1月14日、大昔から続く伝統行事の『第23回海中みそぎ(みそぎ祭り)』が行なわれていた。

みそぎ祭りは、その年の豊穣や健康を祈念するお祭りだ。神輿は楊原(やなぎはら)神社と大朝神社でお祓いしたのち渡御(とぎょ、氏子町内を巡幸)し、威勢のよいかけ声とともにしゃぎりや太鼓の音が町中に鳴り響く。御用邸記念公園から海岸に近づくにつれ、いやが上にも祭りの臨場感が高まってくる。さぁ、いよいよクライマックス。海岸で神事を執り行ない、神男(かみを)と呼ばれるふんどし姿の男衆が二基の神輿を掲げて勢いよく荒波へ分け入る。

「いやーさか、いやーさか、いやーさか!」

海から上がった男衆は休む間もなく櫓へ上り、最後の仕事である『招福餅まき』が始まる。用意された紅白の餅を両手に持ち、一斉に投げる。今年も皆に福が来るようにと思いっきり投げる。「こっち!こっち!!」と子どもたちが両手を広げて待ち構えている。よく晴れた青空に舞う紅と白の餅は美しく、海岸に集まった人々の笑顔はひときわ輝いていた。

いざ、海へ!

青空に舞う招福餅まき

青空に舞う招福餅まき

 

「蒸し上がったぞ、そーれ行くよ!」
「はい、次は紅い餅。熱いよ、気をつけて!」

みそぎ祭りの前日、氏子町のとある地区では早朝から餅づくりに大忙しだ。みそぎ祭りの『招福餅まき』の餅だ。もち米の仕入れから袋詰めまでのすべての作業をこの地区の住民で行なっている。コロナ禍が明けた今年は多くの人出が予想されたため、約3,000個を作る。場所を借りた農家の作業場には、餅づくりの熟練者から見習い初心者の数十名が集まり、もち米を蒸す、餅をつく、小分けし丸める、袋詰めする……。

「餅をつくときは少し砂糖水を入れると柔らかくできるのよ」
「餅を切る人は火傷をしないように手袋を二重にしてね」
「お餅が少し大きくなってきたから気をつけて」
「こんな大きさでどう?」 「OK、いい大きさ」

熟練者たちは見習い初心者にいろいろなアドバイスをしながらも手際よく餅を丸めていく。見習い初心者も手順やコツを覚えようと、手を動かしながら熱心に見聞きする。優しく、楽しく、そして時に厳しく。この地区に受け継がれるづくりに込められた『和の大切さ』を垣間見たような気がした。

何段にも重ねて米を蒸す

冷めた餅から次々と袋詰め

つきたての餅はとにかく熱い!

なぜ餅を手作りするようになったのだろうか。この地区の元自治会長であり、現在は下香貫(しもかぬき)自治会コミュニティ常任顧問の川添さんに話を伺った。

「みそぎ祭りの餅を手づくりするようになって、今回が2回目です。それまでは業者さんから購入していました。自分たちで作ろうと考えた理由の一つとして、経費を節約したいということがあります。このご時世、スポンサーもなかなか集まらず財源は年々厳しくなるばかりですが……自分たちでできることは自分たちでやろうと考えたのです。この地区はずっと以前から吉田神社の祭典などでも餅を作って販売していますから、道具も揃っていますしお手伝いしてくれる人もたくさんいます。それならやろうじゃないか、ということになりました。」

大変なことも多いが、皆で集まって餅を作っていると自然と笑顔になって笑い声が絶えないのだそうだ。

「もう一つ大きな理由があります」と川添さんが続ける。「今年はお正月早々から大きな地震がありました。私たちもいつ同じような災害に遭うか分かりません。そんな時、あそこのおじいちゃんは大丈夫だろうか、とか、あの家は子どもさんだけで留守番してるよね、など近所に誰が住んでいるのかを知っていることがとても重要になると思うのです。近年ではうちの町内でも新しい世帯が増え、顔を覚えることが大変になってきています。このような集まりをきっかけにして、神聖な餅を作ることができる喜びを感じつつ、お互いを知り助け合うことができる、町が一つになることができる、餅づくりがそんな町の実現の一助になれたらと切に願っているのです。」

みそぎ祭りで男衆からまかれた招福餅には、あるコミュニティの切なる思いが込められていたのを今回の取材を通じて知った。招福餅をキャッチした幸運な皆さん、お餅の味はいかがでしたか?

(ライター/reiko)

豆知識

餅をまくといえば『上棟式』が一般的にはよく知られている。これは家を建てることによる厄災を、餅をまいて他人に持って帰ってもらうという説がある。近所付き合いが少なくなった現在では、あまり見ることがなくなった。今でも年間300件以上の餅まきが行なわれているのが『餅まきの聖地』和歌山県だ。人々が集まるシーンではよく餅がまかれ、学校の運動会などでも餅まきの種目があるそうだ。餅まきは、お米を提供する人、餅を作る人、『やぐら』を立てる人など、多くの人が関わるため、人と人とのつながりが色濃い文化を持つ地域が盛んであるといえるようだ。

牛臥山公園/小浜海岸

沼津市下香貫字山宮前3056-26他
TEL:055-934-4795(沼津市都市計画部緑地公園課)
牛臥山公園 沼津市公式ウェブサイト
https://www.city.numazu.shizuoka.jp/kurashi/sumai/park/kouen/kobetu/ushibuse.htm

 

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