お出かけレポート 60代ライターの散歩道 【富士市・ドラマのロケ地へ】
おでかけレポート
ご存じか、人生には坂が三つあるそうな。上り坂、下り坂、それから……まさか。落語の『徂徠豆腐』などに出てくる。坂は人生の暗喩か、例えば生きることの悲哀を描いた邦画『足摺岬』には、東京本郷あたりの坂を上下するシーンが多数映し出される。
富士市にもテレビドラマのロケ地になった場所で、個人的には『ため息坂』と呼びたい坂があり、今回はそこをぶらりと訪ねた。
ため息が出るような暑い夏の盛りに
坂の上から伊豆半島などを遠望
その坂はTBS系テレビドラマ『さよならマエストロ ~父と私のアパッシオナート~』に出てきた。地方オーケストラを通して親子が絆を修復する物語だったが、晴見市という設定で富士市のロゼシアターなども映し出された。ヒロインは芦田愛菜さん。彼女が演じる夏目響が「ため息」をつく。そこは富士市内や駿河湾を望める坂道の途中で、正確には市道旭町富士宮線バイパスの富士市岩本2008番地の展望所を少し登った先、湯沢平入口の手前だ。地味すぎてドラマのロケ地になったとは思えないが、カメラで切り取られると絵になる所に違いない。
付近に駐車スペースがないため、電車だとJR身延線竪堀駅で下車し、歩いて向かう方法がある。車でというなら、岩本山公園の駐車場に駐めてから林道を歩くルートもある。ただ私はその坂を登り切った後で、近くにある飲食店の『和雅家』に寄り、真夏の日差しに目を細めながら冷えたビールをやりたくて、車はやめて徒歩を選んだ。
竪堀駅の西側へ歩き出してすぐ、小橋のたもとに2体の像が刻まれた双体道祖神を発見した。村の境界で目にする道祖神だが、目の前の双体道祖神は縁結びの神だという。かつてヒットしたアニメ映画『君の名は。』にも恋愛成就の暗示か、それっぽいのが出てきたはず……。用水路沿いを北へ。東名高速道路下のトンネルを抜けた先に、天候に関わらず釣りが楽しめる屋内釣り堀店があった。またもや小橋を渡り、やがて歩道が整備された幹線道路に出た。ちなみに富士山を背景に清流に映る満開の桜並木が美しい、花見の名所・龍巌淵へも竪堀駅から歩いて行ける。

古くからある双体道祖神

日陰のない用水路沿いの道を歩く
幹線道路沿いには中華料理屋などのほか、路地裏にはパン屋もあるようだった。ただ、日陰を作る街路樹などはなく、いささか閉口した。帽子と水筒を持参していて、何度もタオルで汗をぬぐった。地球はもはや温暖化でなく沸騰化なのだ。かどに介護施設のある交差点があり、その先がいよいよ長い登り坂。登り出すと勾配がジャブのようにききだした。人生は山登り。たいへんだが、きついときこそ視線を上へ。アスファルトを歩む自分の影にそんな強がりをつぶやいた。小さな展望所がある付近がヘアピンカーブのような急坂で一番きつかった。竪堀駅から約40分、目当ての場所に歩き着いた。

『さよならマエストロ』ロケ地からの眺め
ヒロインがため息をついたその場所は、見晴らしがとてもよく、高所のためか、強めの風が吹くと帽子のひさしがブルッと震えたりした。頑張って登ってきた開放感から、私の口からふう~と安堵の吐息が漏れもした。ああ、それでこそ「ため息坂」だ。本音や胸の内を吐露するのにぴったりな、人気のない崖ぎわの、なんとなく人生の今後をひとりで空行く雲に問いかけたくなる、そんなロケーションだなあ、とも思った。
さらに呼吸が落ち着いてくると、眼下に茶畑が段々に下っていて、市内の家々や工場の煙突がミニチュアのようにかわいらしく見えだした。まなざしを遠くの山並みへ向けると、普段スマホの狭い画面に疲れがちな私のまなこが喜びの声をあげた。早朝や夕暮れ時なんかに来たなら、別の色合いのため息がこぼれるに違いない。そんな感想も抱きながら、うまいビールを飲むためにまた歩きだした。地味なお出かけながら、エアコンの部屋から出て夏らしい汗がかけた。車でなく徒歩でなら、環境にもいいし健康的だろう。

長い上りの「ため息坂」

冷えた生ビールでご満悦!
(ライター/佐野一好)
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