桜を見て想うこと

さくらの音色 第4回

このコラムを書いている今、ちょうど家の前の桜が満開です。桜を見ると皆さんは何を思いますか?きれいだな〜とか、かわいいな〜とか、春だな〜と、心躍る方が多いことでしょう。私ももちろんその一人です。でもその反面、美しく咲き誇る桜を見ると涙が止まりません。春の匂いや風に舞う桜、その中でまだ肌寒いのに少し薄着して春めかしたり。この感覚が大学に入学したての、一人暮らしを始めた頃に重なって、当時の気持ちが甦るのです。

今回、三味線の話からは少し脱線しますが、もし同じような若者が近くにいたら助けてあげてほしくて、綴ります。

18歳の私はホームシックでした。富士から東京に引越して、生まれて初めての一人暮らし。これまでとは何もかもが違う環境で、「頑張んなきゃ!」と意気込めば意気込むほど寂しかったのを覚えています。悩みごとはなんでも話せたはずなのに、初めて家族に言えないことができました。学校も友だちも良い出会いばかりで、すべてが新鮮でとても楽しいのに、ホームシックになるなんて、本当に不思議ですよね。

毎日毎日ずっと泣いていたけど、もう苦しすぎて、内緒にできなくて、ある日実家の母に電話をしました。その時、「こんなにも心が楽になる瞬間があるんだな」と深く感じる経験をしたのです。

当時の私は、ただ寂しいことが辛かったのではなく、周りのみんなはもう大人なのに、自分にはこの寂しさを一人で乗り越える力がないことが辛かったのです。その気持ちを伝えると、母は「ホームシックになってくれる子で良かった。そんな子に育ってくれてありがとう」と言ってくれました。「一人で寂しいと感じるのは、今までの暮らしが幸せで心地良かったから。愛情をかけてきた甲斐があった。さくら子がそんな心を持ってくれていて幸せだよ」と。母は強しだなと思いました。

人の心を軽くするひと言を適切に選んで伝えるのは、本当に難しいことです。相手の立場になって、親身に考えようとしても、当事者にしか分からない気持ちもあります。私が目指すのは、それができる人になること。あの頃も今も、私は三味線という夢を追い続けています。でも、自分が成し遂げたい目標ばかりを追いかけている人は独りよがりです。大前提としてあるべきなのは、もっと奥の奥にある、人としての優しさ。それを忘れる三味線弾きであるならば、三味線を捨てた方がいい。桜を見ると、思い出とともにそんなことを感じて、涙が止まらなくなるのです。

テレサ・テンさんの『時の流れに身をまかせ』などの代表作を持ち、三木たかしさんとのタッグで昭和歌謡の名曲を数多く生み出した作詞家、荒木とよひさ先生をご存じですか?ひょんなことで知り合い、初めて会ったその日に「長唄の歌詞をあげるから、曲を作りなさいよ!」と楽しそうに歌詞を書いてくださいました。そんなご縁で、先生のコンサートには時々ゲストとして呼んでいただいています。

荒木先生とお酒を交わすといつも話題になるのが、先生が作詞をした『さくらの花よ泣きなさい』という曲の歌詞です。「さくらの花よ泣きなさい 隣でボクも泣いてあげるから」という一節について、「桜なのに泣くなんて、なぜこんな歌詞を書いたか分かるかい?」と荒木先生。作者である先生ほどではないけれど、私にも少し分かる気がします。

心は強くも、儚さも知る。見上げると私たちを包み込んでくれる桜のように、私も一生かけてなれるのかなぁ。なんて、桜を見ると思うのです。そしてそんな風に考えられることに、心から感謝しています。季節の変化とともに心も揺れる春、18歳の私と同じような気持ちを抱えて新生活を始めた人に、ささやかなエールを送ります。

佐藤さくら子さんプロフィール

佐藤 さくら子

長唄三味線演奏家
さとうさくらこ/富士市出身。3歳より長唄三味線を始める。富士高校、東京藝術大学音楽学部邦楽科、同大学大学院卒業後、2013年からプロの演奏家として活動。浄観賞、アカンサス賞など数々の受賞歴を持ち、現代邦楽アレンジや作曲も手がける。海外での演奏活動やテレビ出演も多数。東京と地元富士市の2拠点で長唄三味線の指導を行ない、伝統音楽を継承する一方、「親しみやすい三味線」を重視した演奏の自由化にも取り組んでいる。

佐藤さくら子公式ウェブサイト

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