新しい一丁の三味線
さくらの音色 第2回
私が持っている本番用の三味線は二丁(三味線は一丁、二丁と数えます)。部活後、ジャージのままお稽古に通っていた中学時代、藝大受験まっしぐらだった高校時代、やっと演奏に苦労し始めた大学時代、そしてプロになって幾度となくぶち当たった壁をともに乗り越えてきた三味線たちです。私の三味線の歴史をすべて知っている彼らは『大きな古時計』でいう、おじいさんの時計的存在です。
最近もう一丁新しい三味線を作ることを決意しました。今はその完成を待っているところです。購入のために三味線屋さんに行って初めて知ったことがあります。それは、三味線製作は昔から分業制で、棹(さお)を作る棹師、胴を作る胴師など、さまざまな職人が各部位を作り、それらを組み合わせたものにまた別の職人が皮を張り、ようやく演奏家の元に届くということ。つまり、私が発注した三味線屋さんは、いわゆるバイヤーなのです。
目利きバイヤーが納得のいく良いものを集めて、最高の三味線を作り上げる。ワクワクしますよね。各部位を作っている段階では、どんな音色になるのかが決まっていなくて、選んでくれた人の手によって将来性のあるもの同士が集まり、未来を創り上げる。
これを聞いた時に思いました。私も職人なんだと。この私に託された三味線にスポットライトとお客様の拍手を浴びさせてあげて、表舞台に立たせてあげるのが私の役割なんだと。私は分業制でいう最後の職人、演奏師ということですね。何人もの職人の洗練された技術と熱い思いを背負って、最後に魂を吹き込む役目だと思うと、自分本位ではいられなくなります。
「色の白いは七難隠す」という言葉があるように、演奏上の不得手を三味線にカバーしてもらおう、だからなるべく良い三味線を持っていたい。そんな風に思っていました。でもそれは逆でした。なんという勘違いをしていたんでしょうね。運命で私の元にやってきた三味線がいきいきと舞台に立ってくれるようにサポートする。三味線弾きはそんな役目の担い手だったのです。三味線のために生きる!そんなたいそうな目標ができた、今日この頃です。
今回三味線を購入する際、師匠に相談しました。楽器の善し悪しなどを聞くために電話をしたのに、話した内容は先生が若い頃に三味線を買った時の話、さらには「こう弾きたいのにうまくいかない」といった演奏の悩み相談にも発展しました。
先生の言ってくださった言葉で覚えているのが、「買おうと思った、今が買い時なのかもね」。なぜだか涙が出ました。嬉しかったみたいです。「でもさ、さくら子、こうやって悩むから良いんじゃないかしら。だから演奏には人柄が出るのよね」と。私はこの先生の元にいることができて本望だと思いました。
何かにつけて口うるさい(おそらく良い意味で?)先生なのに、こういう時は答えを出さず一緒に悩んでくれる。私の答えを導き出そうとしてくれる。菩薩なのかな〜。少なくとも私の中では菩薩です。私はそんな菩薩の元でしっかりと勉強して、のびのびと演奏家をやっています。
ということで、9月に富士で行なう初リサイタルでは真新しい三味線で自分流の演奏をします。以前から「次の一丁は自分で自分のために買おう」と決めていました。でも今回三味線を買いたくなった理由は、ちょっとカッコつけているみたいで恥ずかしいのですが、リサイタルを楽しみにしてくださるお客様のために最高の一日を届けたいからです。リサイタルのコンセプトは「地元の皆様への恩返し!」です。三味線に魂を吹き込んで、精一杯“さくらの音色”を届けます。
佐藤 さくら子
長唄三味線演奏家
さとうさくらこ/富士市出身。3歳より長唄三味線を始める。富士高校、東京藝術大学音楽学部邦楽科、同大学大学院卒業後、2013年からプロの演奏家として活動。浄観賞、アカンサス賞など数々の受賞歴を持ち、現代邦楽アレンジや作曲も手がける。海外での演奏活動やテレビ出演も多数。東京と地元富士市の2拠点で長唄三味線の指導を行ない、伝統音楽を継承する一方、「親しみやすい三味線」を重視した演奏の自由化にも取り組んでいる。
コメント ( 0 )
トラックバックは利用できません。
この記事へのコメントはありません。