Vol. 104|富士川楽座 プラネタリウム番組プロデューサー 望月伸哉
星空職人の誘うひととき
理科の授業の天体観測や、星の位置を問う試験問題が嫌いだったという人はいるかもしれないが、きれいな星空をのんびり眺めるのが嫌いという人はまずいないだろう。技術の進化によって、今や本物の星よりも美しいとさえいわれるプラネタリウムもまた同じ。学習のための施設という旧来の固いイメージを捨てて、誰でも好きな時に楽しめるエンターテイメントだと捉えれば、その光も一等級明るく見えるというものだ。 今回紹介する望月伸哉さんは、富士市岩淵にある道の駅・富士川楽座にあるプラネタリウムで番組の企画・制作から接客までを担う、いわば選手兼任監督。連日多くの人で賑わう富士川楽座の目玉でもあるプラネタリウムの責任者という立場だが、意外にも星や宇宙への関心が深まったのはこの職に就いてからだという。職場で出会ったLEDの星の光に導かれるようにして、天文の世界に魅せられていった望月さんの言葉には、肩肘を張らないおおらかさがあった。そんな望月さんのガイドを頼りに、思いのほか身近で楽しいプラネタリウムの世界を見上げてみよう。
プラネタリウムの番組制作という仕事はあまり聞き慣れませんが、現在の立場に至った経緯は?
前職は栃木県で建築設計の仕事をしていて、20代の半ばに充電期間のつもりで地元に戻ったところ、知人の紹介もあって富士川楽座で働くことになりました。入社当時はまだプラネタリウムはなく、館内全般で接客を担当していました。ドームスクリーンでは富士川の川下り体験の映像などを流していましたが、デジタル映像機材の導入後にプラネタリウム風の番組を上映するようになって、そこから少しずつ星に興味を持つようになりました。子どもの頃は特に星の魅力を意識した記憶はないんです。のどかな山の中で育ったので、たしかに夜空の星はきれいでしたけどね(笑)。そんな中、『メガスターⅡB』という光学式のプラネタリウム投影機を導入したことが大きな転機になりました。メガスターはプラネタリウムの業界で世界的に有名な大平貴之さんという方が開発したもので、最大1千万個の星を投影する能力があり、今では世界各地のプラネタリウムに常設されています。この投影機が映し出す星にデジタル映像を組み合わせることで、これまでにないほど精細で迫力のある映像作品を表現できるようになりました。2010年に導入した当初から『すごいプラネタリウムがあるらしい』と話題になり、好評でしたが、翌年には当館が『もっとも先進的なプラネタリウム』としてギネスに認定されるに至りました。 最初の1年は番組制作を外部に依頼していましたが、現場での操作を経験して仕組みが分かってくると、自分でもなんとかして作れるんじゃないかと思うようになって。仕事で毎日のようにプラネタリウムを眺めていると、どこにどんな星があるのかが分かってきますし、僕自身、星や宇宙への興味がどんどん深まっていって、ただ機械を操作するだけではなく、その魅力を自ら伝えたいという気持ちになりました。そこからはほぼ独学で、試行錯誤の毎日です。全国各地30以上のプラネタリウムを視察に行って研究しました。そこでは終演後に誰よりも早く出口に向かって、携帯電話を見るフリをしながら、出てくる他のお客さん同士が話す感想に聞き耳を立てたり、どうしても気になった時にはスタッフの人に声をかけたりして。星座そのものは勝手に作ることはできませんし、プラネタリウムはある意味どこでも同じものを素材にしているんですけど、同じ星の話でも、説明の仕方や見せ方ひとつで、観る側にとっては面白くもつまらなくもなるんです。映像や音声の使い方も施設によってさまざまなので、他館を見比べることは番組を作る上でとても参考になります。
独学というのは驚きですが、番組の制作は具体的にどのように進めるのですか?
僕の場合、季節ごとの星座にまつわる話や宇宙旅行に出かける物語など、基本的な流れを決めて、それに合わせて選曲や脚本を考えていきます。上映時間には限りがあるので、まず全体を通した音楽と時間枠を決めて、そこに台詞や演出効果を加えていくことが多いですね。その中でも特に重視しているのはナレーションで、ここだけはプロに依頼しています。イベントなどの際は僕が生解説を務めることもありますが、やはり同じ台詞でも読み手の声質や技術によってまったく違った印象になります。番組のイメージに合う声優さんをリストアップして、出演依頼を出して、都内のスタシオで収録した音声を持ち帰るという流れです。 個人的にプラネタリウムには男性の声の方が向いていると思っているので、これまではほとんどの番組で男性を起用しています。最近ではテレビアニメなどで高い人気を誇る声優さんにも出演していただいていて、さすがと思わせる語りのテクニックで番組の魅力を一層高めてくれました。専用のパソコンソフトを使って、投影機の星の動きとデジタル映像、音声、効果音などを合成していくんですが、完成した番組の清々しさに比べて、真っ暗なドームの中、たった一人でパソコンの画面と映像を交互に見なから細かい調整をしていく作業は、正直なところかなり神経がすり減ります(笑)。
望月さんにとって、星やプラネタリウムの魅力とは?
ありきたりな表現ですが、ロマンを感じますね。宇宙は本当に不思議で、想像力を刺してくれます。たとえば、もしも超高性能の天体望遠鏡で400光年離れた星から地球を眺めたとします。400年前に発した光が届いているわけですから、理論上はそこに徳川家康が歩いている姿が見えるんですよ。面白いと思いませんか?僕は小さい頃から城を見るのが好きで、大学で建築学を専攻することにもつながりましたが、星の世界を知るようになってからは、城の見方も少し変わってきました。今ここにあるものだけではなく、昔の侍が見たのはこんな景色だったのかなと、自分の想像を含めた非日常的な空間に身を置いて、その世界を楽しむという感じです。空想少年ならぬ、妄想おじさんですね(笑)。 プラネタリウムも同じで、難しいことは考えず、自分の想像力や感性のままに楽しんでもらえればいいと思います。プラネタリウムと聞くと、子どもが勉強のために観る難しくて退屈なものという思い込みがあることも確かで、この施設に導入する際にも、プラネタリウムで本当に人が集まるだろうかという不安はありましたが、フタを開けてみれば富士川楽座の開業以来最高といえるほどの大盛況になりました。公共の科学館や天文台だと少し敷居が高いけど、身近な場所に気軽に楽しめる施設があれば、実は多くの人がプラネタリウムを観たい、面白いと感じてくれるんだということを確信できました。
カフェ気分でくつろげる
プラネタリウムを
これまでの経験の中で感じたやりがいや、思い出深い出来事は?
やはり一番やりがいを感じるのは、自分が制作した番組を観たお客様に喜んでいただけた時ですね。最近では音楽をメインにした番組にも取り組んでいて、今年の春にはミュージシャンの秦基博さんの楽曲とのコラボレーション番組が実現しました。その時は感動して泣きながら出てくるお客様もたくさんいて、すごく嬉しかったです。もちろん秦さんの楽曲の魅力による部分が大半とはいえ、プラネタリウムにはこんなにも人を感動させる力があるんだと、新鮮な驚きを感じました。それと同時に気付いたのは、実際の星もプラネタリウムも、観る人のその時の状態によって印象や感想が大きく変わるということでした。だからこそ、番組の内容自体には喜怒哀楽の感情は極力入れず、シンプルに、静かに問いかけるような語り口で構成することが大切なんだと思います。
今後の目標や方向性は?
長期的に考えると、僕の業務を引き継げる人材の育成なども大きな課題ではありますが、本音を言えば、もうしばらくは自分が良いと思う番組を自らの手で作り続けていたいです(笑)。希望としてはプラネタリウムにいろいろな表現手法を融合させた番組を作れたらと思っています。楽器の生演奏に合わせた演出や、お笑い芸人や落語家が解説する爆笑プラネタリウムというのも面白いかもしれません。いずれにしても、昔のように、星座の勉強をするだけのプラネタリウムではないということは、ぜひ多くの人に伝えたいですね。目指しているのは、いつでも気軽に入れて、大人も子どもも楽しめる空間です。番組の内容も随時更新していますので、お気に入りのカフェにコーヒーを飲みに行くような感覚で、時々リラックスやリフレッシュに来てもらえると嬉しいです。しかもそこで提供しているものは、世界最高水準の美しい星空ですよ。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino Text & Cover Photo/Kohei Handa
望月 伸哉 道の駅・富士川楽座 プラネタリウム番組プロデューサー 1975(昭和50)年6月5日生まれ(40歳) 富士市南松野出身・在住 (取材当時)
もちづき・しんや/庵原高校から足利工業大学工学部に進学し、建築学を学ぶ。卒業後は建設会社での現場監督や建築事務所での設計業務を経験。20代半ばで帰郷し、道の駅・富士川楽座を運営する富士川まちづくり株式会社に入社。アミューズメント施設の接客業務に携わり、「プラネタリウムわいわい劇場」及び「体験館どんぷら」の責任者を務める。2010年7月に本格導入されたプラネタリウムではオリジナル番組の構成・脚本・制作などを担当。イベント開催時には自らマイクを持ち、ライブによる天文解説も手がける。趣味は城巡り、落語鑑賞、釣りなど。
富士川楽座 プラネタリウム わいわい劇場 館内4Fにある人気の施設で、直径14mのドームスクリーンに映し出される星空が楽しめる。傾斜角25°の観覧席から観る臨場感に加え、デジタルプラネタリウム「ステラドーム・プロ」と光学式プラネタリウム『メガスターⅡB』という2種類の投影システムを駆使した演出が特徴。2011年7月には「もっとも先進的なプラネタリウム」としてギネスワールドレコーズに認定される。東名高速道路・富士川サービスエリア(上り線)に併設していることもあり、初心者や短時間の滞在でも気軽に立ち寄れるカジュアルなプラネタリウム「ぷらっとプラネ」をコンセプトとしている。 上映時間:1日12回(平日は10回)30分間隔(2種類の番組を交互に上映) 料金:おとな(中学生以上)620円/こども(3歳以上)310円 休映日:火曜日
道の駅 富士川楽座 富士市岩淵1488-1 TEL0545-81-5555 http://www.fujikawarakuza.co.jp/
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