Vol. 161|吉原山妙祥寺 副住職 川村 孝裕
お寺に行こう
生活様式や倫理観など、日本の伝統の大きな部分を占めている仏教文化。かつてお寺は仏事に限らず人々が集う場所であり、心の拠り所としての機能を担っていた。三年後には700周年を迎える富士市吉原の妙祥寺の歴史は、まさに地域の歴史と重なる。鎌倉後期に旧東海道近くに建立され、高潮や津波で所替えを余儀なくされた吉原宿とともに三度移転、江戸時代に現在の地に落ち着いた。
しかし時代が進むにつれ、人々は昔ほどお寺に足を運ばなくなった。「地域におけるお寺の機能を復活させ、人々の憩う場にしたい」。副住職の川村孝裕さんは、お寺の歴史を振り返りながら、コミュニティセンターとして機能してきたお寺の役割に注目し、宗教にとらわれずに人々が気軽にお寺に足を運ぶきっかけを提供する。僧侶として修行や職務をこなしつつ、自身が面白そうだと思うことを追求し、楽しみながら実現していく。川村さんのその姿が、吉原という地域の結束力を刺激し、人々を惹きつける求心力にもなっている。
川村さんが実行委員長を務める『プラステラスフジヤマ』は、カルチャーセンターのようにお寺でさまざまな体験ができる画期的な取り組みですね。
近年お寺でマルシェなどが開かれることもあり、お寺での催し物は珍しくはないんです。プラステラス事業は2021年の日蓮聖人降誕800年に合わせて日蓮宗の本部が企画したもので、地域の歴史を見守ってきたお寺を『地域のテラス(庭、軒先)=人と人との縁をつなぐ場』に見立てて、人材、アイデア、アクションを『プラス』し、地域の魅力を再発見(照らす)しようというものです。昨年が初の取り組みで、地域の方々の協力を得て、折り紙、ヨガ、精進ラーメンづくり、死生観を語る会など、33のプログラムを富士・富士宮地域の約20のお寺で開催し、宗教という枠にとらわれずに幅広い年齢層からたくさんの方々が参加してくれました。
最近ではお寺に足を運ぶのは、葬式や墓参り、法事のときだけという人も多くなりましたが、歴史を振り返ると、お寺は寺子屋、駆け込み寺などと呼ばれ、地域の人が学び、相談に訪れる場でした。気軽に訪れ、人々のつながりができていく場所だったんですね。プラステラスフジヤマは今年も開催予定で準備を進めてきましたが、残念ながら新型コロナウイルスの影響で延期となってしまいました。いつかこの問題が収束して、皆さまが安心できる状況になれば、再び開催したいと思っています。
妙祥寺では、毎年春の音楽イベント『吉原寺音祭』も継続的に開催されていますね。
実は私は元バンドマンなんです。吉原寺音祭は私が富士に来た翌年から始めて、昨年まで11回開催してきました。以前は東京で普通のサラリーマン生活をしながら趣味でDJやバンド活動をしていました。家族と富士市に引っ越してきた後、東京の友人たちに富士市やお寺を見てほしいという気持ちと、地域を盛り上げたいという思いから、私が一人で企画したのが始まりです。
最初は本堂でのライブだけでしたが、徐々に協力してくれる仲間ができ、『寺っテラ市PLUS+』と称して境内にお店が出るようになりました。少しずつですが、地域に開かれたお寺だと認められ、定着してきたように思います。吉原商店街の内藤金物店の横の道を歩行者天国にした『よしわら石蔵小路』では、多数の出店と路上ライブを行ない、すぐ北にある保泉寺でも手づくり雑貨や飲食店のブースが並ぶようになりました。この両イベントも今年の開催は見送りとなってしまいましたが、ゆくゆくはさらに規模を広げていきたいと思っています。
バンドマンから仏の道に入ったきっかけは?
バンドは小中学校の同級生と10代後半に立ち上げ、私はドラムを担当していました。ドラムは我流ですが、子どものころからクラシックピアノを習っていましたし、親戚にもミュージシャンが多く、音楽が身近にある環境でした。事務所に所属して全国をツアーで回るなど、趣味とはいえ力を入れていました。
転機になったのは30歳になるときです。26歳で結婚し、子どもにも恵まれ、それまでやりたいことをやりたいようにやってきましたが、結婚当初から見ていた住職であり義父の、僧侶としての生き方に惹かれていたんです。妙祥寺の後継ぎをどうするかという話が出た時期でもあり、仏門への興味と義父のようになりたいという思い、それから自分がお坊さんになったら面白いかもしれないという表現者としての野心みたいなものもあったように思います。でも、そんなに簡単に僧侶になれるわけもなく、義父にも無理だと断られ続けていました。当時の私はモヒカンやドレッドという奇抜なヘアスタイルでしたし、見た目も僧侶向きではなかったんでしょうね(笑)。ようやく出家を認めてもらい、富士へ引っ越してきて、大学で仏教を勉強しました。
今は副住職として、師匠であり住職の義父の下で日々修行をしています。実家がお寺の子ではない在家出身の私は、ゼロからというよりマイナスからのスタートで、所作や作法など知らないことばかりでした。私の出家に両親は驚きましたが、同時にとても喜びました。落ち着きのない生活で心配をかけていたので、親戚を挙げてお祝いしてもらったんですよ(笑)。宗派は違いますが、祖父母の法事の導師を務めさせてもらうなど、認めてもらえたと感じています。
お寺は地域の
コミュニティセンター
川村さんの原動力となっているものは?
仏に仕える身なので『世のため人のために奉仕したい』と言いたいところですが、自分が『やりたい』という気持ちですね(笑)。やったら面白そう、楽しそうだというワクワク感、そして自分だけではなく、周りの人も楽しめていると次につながります。法要以外で人を集めるようなイベントを企画・運営するのが得意な僧侶はそう多くはいませんが、私は仏門に入る前からイベントに携わってきましたし、要領もわかっています。協力してくれる仲間が全国にいるのも強みです。みんなが笑顔になり、地域がますます盛り上がっていったらいいですね。
プラステラスはお寺を身近に感じてもらうのが目的なので、今は僧侶主体でやっていますが、地域の方々を交え、宗教や宗派の垣根も越えて、広がっていくといいなと思っています。将来的にはコミュニティセンターのように地域の人が自然と集まるようになれば、『プラステラス』という看板は必要なくなるでしょう。人々が集う場という、お寺の昔ながらの機能が復活して、その地域に合った教室やイベントが開かれ、『そういえばきっかけはプラステラスだったね』というくらい自然になっていくのが理想です。お寺は日本文化の一部でもあるので、お寺で遊んだり、庭でお弁当を食べたり、ちょっと寄って話をしたりと、地域とお寺、人とお寺の関係も特別なものではなく、日常との接点を大事にしたいですね。時代時代に合った形で地域とお寺がつながっていくといいなと思います。
Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text /Kazumi Kawashima
Cover Photo/Kohei Handa
川村 孝裕
かわむら こうゆう
日蓮宗吉原山 妙祥寺(みょうじょうじ) 副住職
『プラステラスフジヤマ』実行委員長
1976(昭和51)年11月22日生まれ (43歳)
東京都大田区出身・富士市在住
(取材当時)
かわむら・こうゆう / 東京で印刷会社に勤めながら、結婚後もDJやアマチュアバンドの活動で全国を巡る。住職の義父の姿に惹かれ2007年に出家し、富士市へ。身延山大学で仏教を学び、現在副住職として日々修行に励みながら、地元の吉原、そして富士地域を盛り上げようと奔走している。自身のバンド『mule train (ミュール トレイン)』は現在活動を休止中。
日蓮宗 吉原山 妙祥寺
住職 :遠藤 文祥
富士市中央町1-9-58
TEL:0545-52-1295
「お寺×〇〇」の体験プログラム プラステラス フジヤマ
今年4〜5月に開催予定だった『プラステラス フジヤマ2020』は、新型コロナウイルス感染拡大のリスクを考慮し、延期となりました。次回の開催やその詳細につきましては、公式ウェブサイトにて随時発表となります。
Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜
「気軽に選べない職業」ランキングがあったら、僧侶という仕事はかなり上位に入るのではないでしょうか。仏門に入るということは、世俗の人間としての夢や欲求を捨てることと同義だというのが一般的なイメージでしょう。私たちは宗教家に対して、我々とは違う無我無欲の世界に生きることを期待し、頭を丸めた瞬間に新しい人間として生まれ変わるものだと考えます。
でも、もしかしたらお寺や仏教というものをそこまでよそよそしく考える必要はないのかもしれません。そもそも日本人の宗教観では、聖と俗はたぶん地続きでつながっているのです。地域コミュニティとの間に壁をつくるのではなく、むしろ人々の日常生活の中に溶け込んで存在することが本来のお寺の役目なんだと、川村副住職が教えてくださいました。そしてご自身も、今のお坊さんとしてのストイックな人生の中核に、かつての血気盛んな若者だった頃に経験してこられたことがしっかりと息づいているようでした。異色の経歴のように見えることの多くは、実は本懐なのです。
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