ピアノ調律師の仕事を伝える「12歳のハローワーク」
「音楽の素晴らしさを味わうひととき」
どの業界でも、将来を担う若手人材をいかに呼び込むかが大きな課題となっている。そんな中、実演とコンサートを組み合わせたユニークな取り組みをしている団体があると聞き、取材した。一般社団法人日本ピアノ調律師協会は『12歳のハローワーク』と銘打ち、定期的に児童・生徒を対象にピアノ調律師の仕事の奥深さや魅力を紹介している。
富士宮市の調律師事務所『マザーピアノチューニング』代表で、東京の国立(くにたち)音楽大学でも調律技能の教鞭を取るピアノ調律師、伊藤牧子(まきこ)さんに話を伺った。10月29日に県立沼津特別支援学校の6年生を対象に開催された回では、児童たちが伊藤さんの実演を通じて仕事内容やピアノの仕組みを学んだあと、ミニコンサートで生演奏を楽しんだ。
講師のピアノ調律師・伊藤牧子さん
このキャリア教育の狙いを教えてください。
将来を考え始める子どもたちに、こんな仕事もあるんだよ、と伝える第一歩がこの『12歳のハローワーク』。県内では年に数回、各地の学校を回ります。
音楽というのはステージ上では華やかなイメージですが、それを支える裏方の調律師の仕事はあまりよく知られていません。実は日本のピアノ調律技術は世界でもトップレベルなのですが、国内でピアノが多く作られた時期に増えた調律師が定年を迎えつつあり数が減っている一方で、古くなったピアノを蘇らせる技術への需要が高まっています。そんなわけで、なるべく多くの人に調律師への道に進んでもらいたく、工夫を凝らしてお話しています。
調律師に向いているのは、器用かどうかよりも、ピアノが好き、メカニックが好きという人。技術は訓練するうちについてきますから。それから、この講演はお仕事紹介であると同時に、学校のピアノを、内側の部品からきちんと調整するいい機会でもあります。せっかくグランドピアノがあっても音楽室の隅で存在感が薄くなっているのが現状。ピアニストによるミニコンサートで、学校のピアノにスポットライトを当てているんです。
ピアノの内側の部品まで見られ、子どもたちは興味津々でしたね。
ピアノには鍵盤が88個もあり、さらにそれに対応する弦は230本。その弦はゾウ5頭分もの力で張られています。グランドピアノ一台で8千個もの部品が使われているんですよ。その数だけでも圧倒されますし、小さな音から大きな音、低い音から高い音まで出せる、まさに“楽器の王様”だと言うと子どもたちも納得します。
クイズを交えて構造を解説しつつ、部品を取り外して実際にピアノの中身を見てもらうのも、講演の目玉です。外側の板を外した状態で鍵盤を弾くと、ハンマーが弦を打つところが実際に見られるので子どもたちは驚きますね。弦の振動でピンポン玉が跳ね上がると歓声も上がります。音が響く仕組みや、作りの複雑さを目の当たりにして興味を持ってもらえたら嬉しいですね。構造を理解してから、児童の皆さんにはミニコンサートで生演奏をじっくりと聴いてもらうことも欠かせません。
キャリア教育の中でコンサートまで。贅沢な時間ですね。
現代は生活の中に音が溢れていますよね。でも、生の音を聴く機会は意外に少ないのです。スピーカーを通すと、どうしても倍音の響きは消えてしまいますし、電子ピアノもアコースティックには敵いません。子どもたちは耳の感度も高いので、今のうちに生の音を耳と身体全体で感じてもらいたいと思って、ミニコンサートを組み込んでいるんです。音楽は人生を豊かにしてくれるものなので、本物の音の美しさに触れる機会をなるべく多く持ってほしいですね。
それから、ピアノを大事に手入れし使い続けることで、物を大切にする心を育みたいとも考えています。私が調律に伺うお宅で、一台のピアノを4代続けて弾き継いでいるお客さまがいて、ピアノが長く大切にされていることに胸が熱くなりました。調律師としていろんなご家庭にお邪魔し、弾く人やその部屋に合わせて鍵盤の軽さや響き方を調整しますが、『とても良くなりました、来年もお願いしますね』と喜んでいただくのが、何よりうれしい瞬間です。お客様と心が繋がったようで、この仕事を続けてきてよかったと感じますね。
(ライター/小林千絵)
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