Vol. 183 |絵と造形 山下 わかば

一度壊れた自分が
絵を描くことで戻ってきた

作品にメッセージを込めることはありますか?

個展では自分の思いをつづった文章を置くこともありますが、見る人の数だけ受け止め方があっていいと思っています。いくら私がこう見てほしいと願ったとしても、見る人のフィルターを通すと違って見えて当然ですよね。そこがすごく面白いところだし、逆に「こう見てほしい」を押し付けるのは違うかなと思っています。

先日の海の個展に来てくれた姪っ子が、海面にポテトチップスが浮いている絵を見て「おいも、ふやけちゃったね」と言ったんです。それを聞いて、心から描いてよかったと思いました。作品を見た人の頭の中でいろんな想像が生まれて、私の描いた絵がその感想を含めてその人の作品にもなる。だから「かわいい」でも「きもーい」でも、自由な見方は大歓迎なんです。

のびのびと制作活動をされている山下さんですが、作品との向き合い方が変わる大きな転機があったそうですね。

富士宮市のRYU GALLERY(リュウギャラリー)で秋に個展を控えていた2019年の初めに、進行性の病気が見つかりました。幸い発見が早く、春には手術を終えてひと月ほどで職場復帰もできたんですが、病巣を摘出する際にほかの臓器を傷めたことで、思いのほか闘病生活が長引いてしまったんです。

個展の直前まで4度もの入退院を繰り返すうち、身体のつらさと相まって、精神的にどんどん追い詰められていきました。体調が安定している間はなんとか仕事にも通っていましたが、夜急に涙があふれるとか、運転中や仕事中にも意思と関係なく泣けてくるなど、精神状態はどん底。自分でも驚くほど身体も心も壊れてしまって、どう立て直していいかわからない状態が続きました。

準備も手つかずだった個展が差し迫り、とにかく何かしなければと最初に描いたのが、大きなシマウマの絵。筆を手にして、いざ描き始めると、最初の線を引いた瞬間に「あれ?私はもう平気かも」っていう感覚になったんです。あれほどボロボロだった気持ちがスーッと凪いで、自分が自分の中に入ってくるというか、自分を取り戻せたというか……。

絵を描いていて、盛り上がってきた、充実しているな、と感じることはあっても、こんな感覚は生まれて初めてでした。この時ほど絵を描いてきてよかったと思ったことはありません。大げさではなく、この日のために私は今まで悩みつつも絵を描き続けてきたのだとさえ思ったんです。あのまま個展の予定もなく、絵を描かずにいたら間違いなく私の心は死んでいたでしょう。絵を描くことは私にとって、単に楽しいとか充実しているとかいう次元の話ではなく、生きるために必要なことだとハッキリ気づいた瞬間でした。

個展のタイトルは「生きるっていいきる』。病気になるまでは、適当に暮らして80歳くらいまで生きるのかなって、そんな受け身な気持ちでいたんです。でも病気を経て、絵を描くことに救われて、私は生きる意味がわかった、生きることを選んだ。タイトルを含め、いわば私の決意表明としての個展になったと思います。

改めて、今後取り組みたいモチーフはありますか?

今気になっているのが、工場とか団地、給水塔です。団地に関してはわざわざ多摩ニュータウンまで見に行ったほど。給水塔はTシャツに刺繍したりもしています。でも、実はどこに魅力を感じるのか、夢中になっている時は理由がわからないんですよね。建物そのものなのか生活感か、窓が並んでいる感じなのか。少し時間がたてば冷静に分析できるのかもしれませんね、恋愛みたいに(笑)。

魚のひれやキノコの裏にあるひだ、動物の毛など、細かな線を一本一本描くのも気持ちいいです。あとは同じものがたくさん凝縮されている“集合体”が大好き。キノコも群生している方がいいですし、カビのぶつぶつや点々も必ず写真に撮ります(笑)。これからもそのときどきで心が動くものを作品にしていきたい。動物の何気ない仕草も造形で表現したいなと思っています。

でも立体物って、一人暮らしの部屋に置くには場所を取るのが難点。個展用のシマウマが3頭部屋にいたときは、作品には申し訳ないですけど上に洗濯物とか置いてましたもん(笑)。あとカオ絵屋さんも、お呼びがかかる限り続けていきたいですし、いつかは絵本も出版したいですね。どういう形かにはとらわれず、自由に作品を作り続けて生きていきたいです。

シマウマの作品

個展『山下わかばのどうぶつ展2 生きるっていいきる。』転機となったシマウマの作品

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Chie Kobayashi
Cover Photo/Kohei Handa

山下わかばさんプロフィール

山下 わかば
絵と造形

1985(昭和60)年5月9日生まれ(36歳)
裾野市出身・富士市在住
(取材当時)

やました・わかば / 裾野西中学校、御殿場高校被服コース、バンタンデザイン研究所ポップアート専攻卒業。卒業後は数年間、都内で個展やグループ活動を行なうなど作品作りと向き合うが、より幅広い表現を求め地元にUターン。2015年から富士市で暮らし、富士サファリパークの職員としてSNS運用を担当しながら、自身の生活に密着した物事をテーマに制作活動を行なう。独特な色使いとラインが特徴で、その制作物は大型の立体造形から平面、イラスト、刺繍や雑貨など枠にとらわれない。県内各地のイベントで出店する似顔絵ブース『カオ絵屋さん』も好評。手作りの雑貨は、富士市厚原の雑貨店『HACOFUNE』(ハコフネ)にて取扱い中(要来店予約)。個展『山下わかばのどうぶつ展2生きるっていいきる。』(2019年・RYU GALLERY)、『今日も海へ行く。』(2021年・RYU GALLERY)、グループ展『モモクリテン2020』(2020年・富士市ロゼシアター)ほか多数。

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Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

気づいている人もいるかもしれませんが、ここ最近の「Face to Face Talk」はアーティストさんの比率が多めです。その理由はコロナです。

これは、人が集まりにくい時期には団体活動の話題よりも個人で活動できるアートのほうが記事にしやすい、という実務的な事情もあるのですが、それ以上に「コロナをきっかけに、人々がより自己の内面を見つめるようになった」という面が実はあります。創作活動と内省とは切っても切れない関係にありますが、自身と向き合う姿勢についていろんなアーティストの皆さんの話を伺うのが、最近は楽しくてしょうがないのです。みんなそれぞれ独自の向き合い方をされていて、勉強になります。

山下さんの場合、創作活動とは愛情表現そのもののようです。生きている中で感じたこと、好きなことに対して生まれた衝動を、ハグやキスをするのと同じように自然と発露して生まれるのが山下さんの作品。はじめて拝見したとき、その作者の感情がそのまま伝わってくるような「あたたかな幸福感」みたいなものを感じました。山下さんと作品の間にあるのは、(作る者)と(作られる物)の主従関係ではなくて、その両者がまるで親友同士のように双方向に影響し合い、補い合うような、やさしくて不思議な関係性です。機会があったらぜひ見に行ってください。

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