Vol. 167|シニア&子どもカフェ”遊” 代表 松本 哲司

松本哲司さん

古希の学園祭

富士市今泉、かつてスーパーマーケットだった空き店舗が、土曜日になると賑やかな笑い声と食事の香りで満たされる。『シニア&子どもカフェ“遊”』は地域住民の居場所や交流の機会を提供することを目的に、2018年4月にオープンした民間施設だ。

代表の松本哲司さんは元中学校教諭で、退職後は趣味を活かした文化活動に加え、若者のキャリア教育やセカンドライフに関する相談事業を担う団体に所属し、人と人、人と地域をつなぐ活動に尽力してきた。その行動力とユニークなキャラクターで常に人の輪の中にいる松本さんだが、軸となっているのは半世紀前の学生時代、70年安保闘争下の政治情勢や子どもの教育環境に対して抱いた違和感だという。社会的立場の弱い人、不当に辛い思いをしている人を少しでも減らしたいという信念が、古希を迎えた松本さんの原動力となっている。

セカンドライフの大切さを熱く語る松本さんの表情から伝わってきたのは、人は本来ファーストもセカンドもない、一度きりで地続きの人生を歩んでいるということだった。

『シニア&子どもカフェ”遊”』の活動内容を教えてください。

その名の通り、おもにシニアや子どもたちが安心して過ごせる居場所として、第5週を除く土曜日の昼間に無料開放しているコミュニティスペースです。のんびり読書をするもよし、誰かとおしゃべりをするもよし、過ごし方は自由です。第1第3土曜日は食事を提供していて、小学生以下の子どもは100円、大人も300円から500円でお腹いっぱいになってもらおうと、毎回工夫してメニューを考えています。飲食物の持ち込みもできますし、コーヒーは100円で提供しています。

スタッフはすべてボランティアで、僕のような元教員や企業人、主婦など、活動の趣旨に賛同した幅広い人材が集まって、調理、配膳、受付、清掃など、常時15名前後で運営しています。食事の材料費や光熱費などは当然必要ですが、空いている時間帯にレンタルスペースとして貸し出した売り上げからの提供や、有志からの協力金、公的な補助金などを活用させてもらいながら、利用者の負担がなるべく小さくなるように努めています。

とにかく気軽に訪れてもらえることが一番の願いですので、僕たちがシニアの皆さんの話し相手になることもありますし、子ども向けには駄菓子屋を始めたり、スタッフによる無料学習支援の準備を進めたりと、利用者や地域のニーズに柔軟に対応しています。

シニア&子どもカフェ”遊”

シニア&子どもカフェ”遊”

この活動を始めようと思ったきっかけは?

8年ほど前になりますが、以前からの知人で、この建物のオーナーでもある若月かず子さんと話していて、『松本さんは将来的に何をしたいの?』と聞かれたことがありました。その時点ですでに教員を退職していましたが、いつかは喫茶店とか安い居酒屋とかペンションとか、人がワイワイ集まれる場所をつくれたらいいなあと思っていて、そう答えたんです。若月さんも『うちに空き店舗があるから、もし何かやるなら安く貸すよ』と言ってくれました。

そんな中、報道で頻繁に目にするようになったのが、高齢者の孤独死や子どもの孤食、貧困家庭の増加など、悲しい社会問題の数々でした。これまで一生懸命働いて社会に貢献してきた高齢者や、未来へのチャンスを等しく与えられるべき子どもたちが置かれた状況に、周りの誰かが彼らを支えることはできなかったのか、何か手立てはないのかと、胸が痛みました。その一方で数年前から、子どもたちに無償あるいは低価格で食事を提供する『子ども食堂』や高齢者のサロン的な居場所づくりの取り組みが全国的に広まっていることを知り、とても共感し、影響を受けました。

またある時、小学生が高齢者施設を訪問して交流している地域があることをテレビで知って、こんな風にシニアと子どもが一緒に過ごせる場所があるといいなあと、アイデアが浮かんだんです。そんな思いを改めて若月さんに話すと、『それいいね!』と賛同してもらえて、市民活動に携わってきた仲間たちにも話したところ、同じように関心を持ってくれました。それどころか、ひと声かけただけで『自分も手伝うよ』『よかったらこれも使って』と、あれよあれよという間に必要な人手や備品が集まって、言い出しっぺの僕が今さら話を引っ込められない雰囲気になってきたんです(笑)。

仲間にグイグイと背中を押されるように動き出して、“遊”のオープンが実現しました。でも正直なところ、この活動にはきっと共感してもらえるだろうという確信がありましたし、思いを共有しながら活動してくださる皆さんの存在がなければ、僕一人の力では何も始められなかったと思います。

共同設立者の若月かず子さんと

共同設立者の若月かず子さんと

松本さんをはじめとするスタッフの皆さんも、シニア世代の方が大半なんですね。シニア世代がシニア世代のための居場所をつくるというのが素敵ですね。

僕も含めた運営スタッフは単なる人助けだけではなく、個人としてのやりがいや喜びを感じているんだと思います。だから食事をつくって運んで片付けて、さんざん働いた上で、自分が食べた分の300円はちゃんと払って笑顔で帰っていくんです(笑)。お年寄りや子どもたちに明るく声をかけたり、スタッフ同士でああでもないこうでもないと話し合って新しい企画を考えたり、そういうコミュニケーション自体が好きな人が集まっているんですね。

だからこそ、面白いアイデアは積極的に取り入れるようにしています。『愛鷹そばの会』の皆さんに協力していただいて本格手打ちそばを提供したり、農地を借りて『ファーム遊』と銘打った農業体験をしてみたりと、学園祭みたいな感覚で新しいことにも取り組んでいます。インターネットの普及で人と人の交流もずいぶんとデジタルになりましたが、やはり僕たちはお互いに時間を割いて、顔を合わせて、手触りのあるものを共有したいという気持ちが強いですね。若い人にはピンとこないかもしれませんが、知らないお客さん同士が一緒に歌って盛り上がる『歌声喫茶』の世代ですから(笑)。

利用者の皆さんからの反響はいかがですか?

現状では子どもに比べてシニアの利用が圧倒的に多くて、食事やおしゃべりを楽しみにして、毎週のように来てくださる常連の方もいます。これまでに開催してきたゴスペルやサックス、三味線、手品などのステージショーも大好評でした。『今日は土曜日だから“遊”の日だ』という感じで、生活のリズムの一つにしてもらえると嬉しいですね。

とはいえ、今年の春からはそんな呑気なことばかりは言えなくなりました。新型コロナウイルスです。重症化リスクが高いとされるシニア世代の交流という点では、僕たちの活動の根幹に関わる大問題であることは間違いありません。感染拡大を受けて、“遊”は3月から休業に入って、7月に一旦再開したものの、富士市での感染者が増えた8月は再び休みました。消毒・検温・人数制限・参加者名簿の作成など、可能な限りの感染防止対策を行なった上で、9月からは提供メニューを限定して運営していますが、今後の状況がどうなるかは誰にも見通せません。

ただ、コロナ発生当初は分からないことだらけで、とにかく不用意に動かない、家を出ないということが最善の策でしたが、これまでにいろいろなことが検証されてきて、社会活動も回復しつつあります。『withコロナ』といわれる通り、コロナと共存するという前提で考えると、社会活動が一進一退になるのは自然なことです。すべて以前と同じようにとはいきませんが、ウイルスを正しく恐れながら、できる範囲での活動を維持することが大切だと思います。高齢者だからといって部屋の中に鬱々と閉じこもっていても、そのことで心身に不調をきたしては本末転倒ですよね。

シニア&子どもカフェ”遊”常連客と松本さん

何歳からでも、
動けば変わる!

“遊”の運営と並行して松本さんが携わっている富士市セカンドライフ相談室の事業でも、新型コロナウイルスの問題については議論になったそうですね。

毎年秋に開催される『富士の麓deおとなまつり』というシニア向けイベントの企画・運営に10年間携わってきたんですが、今年は残念ながら中止となりました。例年大盛況の催しで、いきいきとしたセカンドライフを送る皆さんの活動発表や、定年退職を控えた人に趣味やボランティアのサークルを紹介する場になっていて、楽しみにしてくれていた方も多いと思います。

たくさんの人が集まるので今回の中止はやむを得ないとしても、何もかもをなくしてしまっては社会も個人も活力を失ってしまいます。今だからこそ何かできることはないだろうかと事務局で検討した結果、今年はコロナ禍における生き方をテーマとした講演会と情報展示という、別の企画での開催になりました。各種感染防止対策を施して、講演会は定員を抑制した形ではありますが、否応なく訪れた新しい時代にも前向きな気持ちで暮らしていこうというメッセージになればと考えています。

昨年の『富士の麓deおとなまつり』の様子

昨年の『富士の麓deおとなまつり』の様子

松本さんご自身がセカンドライフのあり方を体現しているんですね。同世代の皆さんへ伝えたいことは?

僕としてはやりたいことをやっているだけなので、若い頃から続けてきた趣味の演劇や合唱、平和活動も含めて、自分のセカンドライフは自分ならではのものだと思います。

その上で同世代の皆さんに伝えたいのは、なんでもいいから興味のあることを始めてみませんか?ということです。特にこの世代の男性は、それまでに所属していた会社や組織での地位や肩書の世界に留まったままの人が本当に多いんです。人生100年時代といわれる中、それではもったいないですよね。趣味でもボランティアでも、一歩踏み出してみれば必ず新しい出会いや発見がありますよ。

自分自身の楽しみに加えて、これまでの人生経験で培ったものを社会に還元できれば、それは素晴らしい貢献になります。仕事で身につけた知識や技術でもいいし、子どもに伝えたい昔の体験談でもいいんです。そのためにはまず健康でいる必要がありますし、健康寿命が延びれば公的医療費の軽減にもなるわけですから、シニアが元気で外に出て好きなことをするだけで、二重三重の社会貢献になるじゃないですか(笑)。

セカンドライフの話でよく耳にするのが、『老後にそんな余裕はないよ』とか『そんなのお金がある人の話でしょ』といった声です。もちろん生活環境は人それぞれですが、時間がないから、お金がないからで終わらせるのではなく、じゃあ自分の中にはどんな価値が眠っていて、それをこの先どう活かしていこうかと考えてみましょう。そういう視点を持つだけで、人生の後半戦は千差万別でありながら、それぞれがより豊かに色づいていけると思うんです。

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Photography/Kohei Handa

松本 哲司

シニア&子どもカフェ”遊” 代表
1950(昭和25)年2月10日生まれ (70歳)
福岡県出身・富士市在住
(取材当時)

まつもと・てつじ / 和光大学人文学部芸術学科在学中に教職を志し、卒業後に富士市立伝法小学校に赴任。翌年に富士市立富士中学校美術科教師として異動となり、以後富士市内の公立中学校6校にて勤務。在職中から演劇や合唱などのサークルや市民活動に積極的に関わる。2009年に59歳で退職し、翌年に富士市ロゼシアターで初開催された『還暦フェスティバル』(現在の『富士の麓deおとなまつり』)に実行委員として参加したことをきっかけに、当イベントの運営母体である一般社団法人・まちの遊民社のスタッフとなる。以後、キャリア教育やセカンドライフ相談の担当として、さまざまな事業に関わりながら現在に至る。2018年、有志の協力を得て富士市今泉に『シニア&子どもカフェ“遊”』を開設し、地域住民の居場所づくりに取り組んでいる。2021年4月には、これまでに制作した絵画・ポスター・各種掲示物などを展示する『松本哲司 古希作品展』(富士市立中央図書館市民ギャラリー)を開催予定。

シニア&子どもカフェ”遊” 

住所:富士市今泉1-6-6
毎週土曜(第5土曜を除く):10:00〜15:00(食事提供 11:30〜14:00)
第1土曜:手打ち二八そば(小学生100円 中高生200円 大人500円)
第3土曜:月替わり食堂(小学生100円 中高生200円 大人300円)
http://www.fujicafeforyou.wixsite.com/fujicafeyou


支援・ボランティア募集中
“遊”では活動継続のための協力金、食材の提供、小学生向けの学習支援員ボランティアなどを募集しています。詳しくは080-6960-2356(松本)まで。

シニア&子どもカフェ“遊”
”遊”カレーライス

取材を終えて 編集長の感想

青春時代の「自分探し」を経て、人は社会に出て大人と認められます。社会人になるとは「社会で生きていくための自分用の仮面を決めること」といえるでしょう。古典的なユング心理学ではこの仮面を「ペルソナ」と呼びます。「仕事の顔」「父親の顔」「夫の顔」「友人同士の顔」ぜんぶペルソナです。だけど一つのペルソナばかり被り続けると、だんだんそれが自分の本当の顔だと思い込んでしまうこともよくあります。熾烈な企業社会を生き抜いてきた壮年男性にはその傾向が特に見られるようで、定年を迎えて会社員の仮面を外したとき、自分が本当は何者だったのか分からなくなって途方に暮れる、いわゆる「燃え尽き症候群」がやってきます。

「過去に囚われず、100歳になるまで新しい自己発見をし続けようよ」と、松本さんは言います。セカンドライフとは表舞台から下りたあとの消化試合ではなく、もう一度「自分探し」に夢中になってもいいステージ。「おとなまつり」や「シニア&子どもカフェ“遊”」に勤しむ松本さんとその仲間は、まるで夜通しで文化祭の準備に熱中する学生のように、自己発見と創意工夫と新しい出会いを目一杯楽しんでいるように見えます。定年を迎えたからって、もう「人生あがり」のつもりになっている場合じゃありませんね。青春時代は再びやってくるのです。

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