考えるのは、すべて舞台のこと

甫さんとさくら子さん

富士市出身の長唄三味線奏者・佐藤さくら子さんと

甫の一歩 第11回

よけいな外出を控えるべき日々は終わることなく、まるでトンネルの向こう側に光が見えないような不安と我慢をつねに感じています。それでいて、与えられた制約の中で舞台を勤め終えれば、違和感なくさっさと帰宅する私。舞台後には当たり前のように先輩や後輩と呑んでいた少し前のことなど、遠い過去のようです。ひょっとするともう元の状態に完全に戻ることはなく、世界は変わってしまったのかもしれないなどと考えを巡らせているうちに、冬は深まり、寒さが肌をさす季節となっていました。

馴染みの床屋のご主人は、「2020年は最悪な年だった、早く年が変わって今年はなかったことにしたい」と、悲痛な声で言うのです。ほとんどの人にとって2020年はつらい年だったことでしょう。能の業界関係者以外の方にお会いすると、「舞台(本番)はございますか?」と質問されます。私に関しては思ったよりも舞台が減ることはなく、ありがたいことに忙しく過ごすことができました。

しかし、今後のことが問題です。能公演は収益力に乏しく、助成金ありきで舞台が成立しているものも少なくありません。これから訪れるであろう不景気や、コロナ対策に資金を費やしたことで文化活動に使う財源が ない地方自治体の方針によって、今までなんとか成立していた能公演が激減してしまうことが容易に想像できるからです。このまま何もせず旧来の公演の形を求めるだけでは、能は衰退の一途です。

私は数年前より「小さな能」の新たな形を作るべく、富士宮市粟倉にある臥牛敷舞台でサロンと称し能のミニ公演を行なってきました。能面や能装束は使わずに、お囃子もなく、謡1人と舞1人の合計2人という超最低人数で能を伝える方法を模索してきました。15回ほど公演を行ない、やっとの思いでなんとか形が定まってきたところでの、このコロナ禍です。2020年のサロン活動も、他の公演と同様に中止となってしまいました。

しかしその代わりに、思ってもみない特別な舞台を実現することができました。昨年10月に富士市吉原の松葉楼にて行なった『能と長唄』という公演です。この企画は、富士市出身の長唄三味線奏者である佐藤さくら子さんの協力で実現しました。さくら子さんとは東京藝術大学音楽学部邦楽科の同級生で、ジャンルは違いますが同じ伝統芸能をともに学んだ仲間です。在学中は仲良くしていたものの、卒業後はお互い忙しく、なかなかお会いする機会はありませんでした。それがコロナによってたくさんの舞台が延期や中止を余儀なくされ、困窮している文化芸術活動を再開させるための文化庁の助成金を得ることができ、このような公演を開催することができました。

 

チラシが完成したのは公演の3週間前とぎりぎりでしたが、嬉しいことにすぐに客席は完売となり、好評のうちに終えることができました。第2回も1月11日に臥牛敷舞台で開催予定です。そちらも席はすぐに完売となりましたが、能の新たな見せ方として、ライブビューイングを試みます。また今回は同時に、YouTubeでの配信も行ないます。

これからの能楽を考えて、いろいろな形に挑戦して、楽しんでいただける舞台を作り出したいと考えています。

『能と長唄』での仕舞

『能と長唄』での仕舞

田崎甫プロフィール

田崎 甫

宝生流能楽師
たざき はじめ/1988年生まれ。宝生流能楽師・田崎隆三の養嫡子。東京藝術大学音楽学部邦楽科を卒業後、宝生流第二十代宗家・宝生和英氏の内弟子となり、2018年に独立。国内外での公演やワークショップにも多数参加し、富士・富士宮でもサロンや能楽体験講座を開催している。
田崎甫公式Web「能への一歩」

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