Vol. 198|駿河男児ボクシングジム会長 前島正晃
夢中になれ
闘志と肉体が激しくぶつかり合う格闘技の世界。とりわけ流血や失神を伴うこともあるボクシングの選手育成において、その指導は高圧的で腕力ありきだと誤解している人もいるのではないだろうか。
しかし、昨年初めてタイトル王者を輩出した富士市の『駿河男児ボクシングジム』会長の前島正晃さんはそんなイメージとは一線を画し、理知的であくまで穏やかだ。ボクシングを通じた人材育成や競技の発展、地域の活性化を目標とし、「否定しない・怒らない」「相手の目線に立つ」を徹底する現代的指導法で、選手からの信頼は厚い。
選手たちやジムに通ってくる子どもたちにとって、どんな状態でも肯定し、そばで勇気づけてくれる存在。それは、道を探しあぐねて苦しんでいたかつての前島さんが必要としていた理想の大人像と重なる。選手は我が子同然だと優しく語る前島さんの背中は、選手がついていきたくなる広さと温かさをたたえている。
駿河男児ボクシングジムについて教えてください。
プロのライセンスを取ってチャンピオンを目指す選手が13名在籍し、日々トレーニングに励んでいます。一般向けのコースには、ダイエットなどのエクササイズやストレス解消が目的だったり、昔からボクシングに憧れていた大人、スポーツ系の習いごととして来てくれる子どもがいます。幼稚園児から60代まで、幅広い年代の方がボクシングを楽しんでいますね。
選手も一般の方も同じフロアで練習するので、あえて選手と同じ時間帯に来て練習風景に刺激を受けるのが好きという方もいます。子どもたちにはボクシングを通じてモラルを身につけてもらいたいですし、何でも気軽に相談してもらえる存在でありたいと考えています。
昨年10月には、このジムからチャンピオンが誕生していますね。
村地翼(むらちつばさ)が、WBOアジア・パシフィック・スーパーフライ級王座決定戦で勝利し、ジムで最初のチャンピオンになりました。ジム設立から13年、「絶対にチャンピオンになれる!」と、選手と励まし合いながらやってきたので、試合後に村地が「会長のおかげです」と私の腰にチャンピオンベルトを巻いてくれた時には嬉し泣きしてしまいました。まだまだ魅力的なチャンピオンを育てていくつもりなので、まずは第一歩ですね。村地はすでに次のタイトル獲得を見据え、厳しい練習に励んでいます。
新たな入門者の目標となれる強い選手が徐々に増え、ジム内の雰囲気は上々です。村地を含めて強くなる選手に共通するのが、信念がブレないこと。競技を始める時に口にした「チャンピオンになりたい」という思いを持ち続けるんです。それに、話し方や振る舞いに人を惹きつけるオーラがありますね。高校時代からアマチュアで輝かしい戦績を残すような選手を見ていると、考え方がポジティブでオンとオフの切り替えがうまい。いったんスイッチが入るとまわりが止めるまで練習にのめり込むなど、驚くべき集中力を持っています。逆に、スイッチが入っているのか分かりづらい選手は、中途半端で強くなりきれません。
また、抜群の才能があって実際に試合でも負けなしなのに、弱気になりがちな選手もいます。そういうタイプには、意識して前向きになれる言葉かけをしています。例えば「パンチをもらったらダウンするかも」とこぼせば、「そもそもパンチをもらうことないじゃん」と、「ラウンドが進むと負けるかも」なら、「いつも早々に勝負がつくだろう」などとポジティブな言葉に言い換えるんです。本人の力を本人以上に信じてあげて、言葉にして伝え続ける。それに加えて試合の経験値が積み重なってくれば、どこかで強気に変わるタイミングが訪れます。自分はチャンピオンになれる、なるんだと信じる子たちが多く集まって切磋琢磨できる環境が整ってきています。
昨年は所属選手による不祥事もありました。
伸び盛りの選手ですが、喧嘩沙汰の当事者になってしまったんです。ずっとトップでやってきて、デビュー戦からの試合の計画もガッチリ組み、3年以内に世界挑戦という目標も掲げていたのに、コロナによって予定が総崩れしたのです。外国人選手を呼べず、格下としか試合ができない中、モチベーションも低下していました。言い訳にはなりませんが、拳のケガも重なって、つらい時期ではあったんです。それでも、挑発に乗るべきではなかったし、スポンサーも多く注目される選手だという自覚をおろそかにしていたんですね。
本人は猛省し、ボクシングは続けさせてほしいと申し出もあったので、2週間かけて一緒に関係各所へ謝罪に回りました。僕自身、食べ物が喉を通らない状態でしたが、「会長が食べないなら自分も食べません」とまで言うので、身体が心配で一緒になんとか食事をとるようにしました。
事件を起こしたと知った時点で、怒ることも見捨てることもできたし、その方が簡単かもしれません。でも、それでは人を育てることなんてできないと思うんです。「お前を信じてるぞ」と伝え、根気強く向き合い、お互いの信頼関係を築くことこそが大切です。怒りに任せて感情をぶつけても、相手は心を開いてくれません。
今回の件でも、してしまったことは仕方ない、じゃあ何ができるかと、建設的な方法を選手とともにじっくり考えました。僕にとって選手たちは我が子と同じ。失敗したり人に迷惑をかけたりしたら、親として一緒に謝りに行くことに何の躊躇もありません。彼らがどんな気持ちで行動したのか、本音が知りたいし、困った時にはまず頼ってほしい。信頼できる大人としてそばにいてやりたいので、理不尽に怒ったり否定したりは一切しないし、壁を作らず同じ目線に立つことをつねに意識しています。この件では、本人の誠意をすべてのスポンサーが認めてくださり、応援を続けていただけることになりました。本人がどう挽回していくか、今後も寄り添い見守っていきます。
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