思いを込めた初の著書を出版しました
20年前の写真の中ではあどけない3人娘もそれぞれ立派に成人しました
産婆の住む街から 第17回
富士市で菜桜助産所を開設して24年が経ちました。当時は産婦さんに優しい出産を主軸に活動する助産院が多い中、「産後ケア」と呼ばれる産後の体調管理や母乳に力を入れてきた、珍しい助産院です。そしてこの母乳育児支援は、開業助産師としての私の原点です。
当時の富士市の母乳育児率は全国平均の半分以下。つまり、母乳で子育てをする意識が低い地域でした。最近では母乳育児を希望する人も増えましたが、何か特別なマッサージやケアを受けなくてはできない、とても難しいことのように語られる状況に違和感を持っています。母乳育児とは、生まれた瞬間から母子がずっと一緒に過ごして、赤ちゃんが泣いたらお乳を吸わせて、また泣いたら吸わせる。それだけのことです。赤ちゃんはとてもマイペースで効率が悪い。でも深く考えずただただ吸わせていれば、母乳はにじみ出てきます。私の仕事は、ほんのちょっとママの身体をほぐして、赤ちゃんの舌の動きを矯正して、あとはママたちの苦労話を聞くこと。それを20年以上続けてきました。
インターネット上には情報が溢れかえって、SNSの中の会ったこともない誰かと自分を比較して落ち込んだり、便利さと効率が重視されて母乳育児も「できる・できない」「出る・出ない」といった2択の成果で語られがち。でも、誰かとの競争が母としての成績ではありませんし、人工乳を飲ませたら負け、みたいなことでもないのです。楽しいこともあれば辛いこともあって、そんな両極端な経験がごちゃまぜになっている時間が子育てなのだと思います。
最近、いろんな会合やイベントに顔を出す機会が増えました。どこに行っても「先生、覚えてますか?」と、以前助産院に来てくださった方に出会います。皆さん当時を思い出しながら、今ではすっかり大きくなったお子さんの話やかつての母乳育児の思い出、乳腺炎で苦しんだ経験さえも本当に楽しそうに話してくださるのが、とても印象的です。地域で暮らす5千人以上の女性のお乳のケアをして、その倍以上の赤ちゃんたちを抱かせていただいたんだなぁと、今さらながら感謝の気持ちでいっぱいになる瞬間です。
正直、もし自分が今でも出産する年齢だったら、迷わず自分の助産院での出産や母乳ケアを選びます。だからどんなに辛くても、娘たちが出産するまでは絶対に助産院を絶やしたくない。そう思って続けてきました。その一方で、母乳育児の幸せや助産院での出産を語ることが、どこかはばかられるような空気を感じていたのも事実です。「自然派」と雑に括られたり、「アンチ病院出産派」のように扱われたくなくて、いつからか「黙っていても分かる人には分かる」「静かにやるのが一番」と思っていました。
でも2年前に初期の子宮がんの手術を受け、初めて自分の命の終わりを意識した時、人生をかけてやってきたこの仕事を自分の娘たちにさえちゃんと語らずに来たことを、とても後悔したのです。おかげさまですっかり元気になりましたが、著書出版の話が舞い込んできたのはそんな矢先でした。「言葉にして、伝えなさい」。そう背中を押されたように感じたのです。助産院をよく知らない医療者や助産師からはまた批判を受けるかもしれない。この本を読んで、母乳で育てられなかった自分を責めてしまう女性がいるかもしれない。それでも、もし私の言葉を読まなければ味わえなかった幸せを誰かが経験できる助けになるのなら。そう思い、勇気を振り絞って書いた一冊です。
通常は何千、何万冊も売れなくては書店に本を並べてもらえませんが、地元出身ということで富士市内の本屋さんにも置いていただけました。これから赤ちゃんを迎える方も、すでに子育てを終えた方も、そして、あの頃の自分を少し懐かしく思い出したい方にも。書店に足を運んで、助産所存続の応援として手に取っていただけると嬉しいです。
パパとママがふたりで取り組む幸せいっぱい母乳育児
1,760円(税込)
堀田 久美
菜桜助産所代表 助産師・保健学博士
ほった くみ/富士市宮島で助産所を営み、出産・産後ケア・育児相談から、更年期 以降の女性の健康管理まで、出産を経験する女性の一生をサポート する「ママたちのお母さん」。母親のための各種教室も随時開催中。
菜桜助産所
訪問看護ステーション菜桜
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